蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

ある丹波の老人の話(33)

「第6話 弟の更正 第1回」

私には金三郎というたった一人の弟がありました。

この弟が十三、私が十七のとき、忘れられん思い出があります。

そのとき私は蚕業講習所を卒業したばかり、弟はまだ小学校在学中でしたが、家は貧乏市までして貧窮のどん底まで落ちてしまっていたので、弟は学校をやめさせて京都に奉公にだすことにし、私が京に連れて行きました。

京都に着くと丹波宿の十二屋に落ち着き、程遠からぬ東洞院佛光寺の下村という縮緬屋に弟を連れて行き、私はその夜十二屋へ泊まり、朝発って帰ろうとすると弟が帰って来ていて、

「もう奉公には行かん。兄さんと一緒に綾部に帰る」

というのです。私はそれをいろいろとなだめすかして主家である下村に連れて行き、家の人にもよう頼んで逃げるようにしていったん十二屋へ戻り、なんだか弟がまたあとを追ってくるような気がするんでそれをかわすつもりで知りもしない違った道を北へ向かって走っていくと、たいへんな人ごみの中へまぎれこんでしまいました。

それは北野の天神さんの千年祭の万燈会のにぎわいやったんです。私はそこいらで少しブラブラして道を尋ねてから桂に出、丹波街道を園部へ向かって歩いたんでした。