蝶人戯画録

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穴八幡をのぞく


遥かな昔、遠い所で第10回&勝手に建築観光17回

戸塚を過ぎて早稲田に入る。かつて全線座があった向かいの丘に登れば穴八幡神社である。

ここは岩清水八幡宮から幕府が勧請した北の鎮護で、かつては能が舞われ、流鏑馬が走り、堀部安兵衛が有名な敵討ちをしたところである。

毎年冬至には一陽来復のお札が配られて善男善女が殺到するそうだが、そんなことはどうでもよい。おそらくこの地は縄文人の快適な根拠地だったに違いない。

貧相な私が憂鬱な心でこの無人の丘を登ると、いつも遠くの本殿の賢所の奥で1本の灯明が風に吹かれてゆるゆる光っていたものだった。

ところが今日は違った。もはや幽遠の趣など皆無であり、驚いたことに神寂びた神殿もなにやらカラフルに改造されていたので興ざめである。

隣の放生寺も工事中だった。

そのかみにいまして、私は学友諸君としばしばこの丘に集い、学費が上がって後輩が可哀相だからけしからん、とか、授業料が高い割には教師が旧弊かつ低能だから講義をボイコットしようとか、ともかく毎日が退屈で退屈でだからたまには平時に乱を起そうよ、とか、スカッと爽やかコカコーラ、てんでかっこよくやりたいな、などと三々五々語り合い、共同謀議をこらしてとうとうストライキにもちこみ、まるで毎日がお祭りのやうに楽しい日々を過ごしたことをはしなくも思い出した。

そういえば私らは徒党を組んでこの穴八幡の麓の馬場下派出所を襲撃し、たった一人の臆病な警官をおびえさせたこともあった。