蝶人戯画録

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崔洋一監督の「クイール」を見て


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.165

京都府亀岡市を舞台に盲導犬クイール君が大活躍するお話ですが、崔洋一監督の演出はクールと言うか、さっぱり燃えないというか、観客が期待するお涙頂戴のペット感動物語に走らないところが、妙に印象に残りました。

彼がスポットライトを当てているのは主人公のラブラドール・レトリバーよりも、彼がケアする渡辺という中年の盲人で、このあまり好きに慣れない人物を小林薫が苦労しながら演じています。

渡辺氏はこの地域の盲人協会の会長をしているらしいのですが、無類の頑固者で性狷介にして固陋頑迷、一筋縄ではいかない孤高の人物です。こういう人は健常者にもいますがもちろん障碍者に世界にも存在していて、みずからのハンディキャップにひるむことなく、それをかえって社会的な優位性や武器と捉え直して、規制の秩序や権威にはげしく挑むのです。

健常者を中心に高くそびえたつ民官産からなる行政や医学、教育界コンツエルンの巨塔は、ある範囲まではかれら障碍者を敬して遠ざけるためのスペースを準備してかれらの抗議や要求に柔軟に対応しますから、このあらかじめ許容された領域をば、なにを勘違いしたのかわがもの顔で振舞う哀れな障碍者リーダーもあら悲しや往々にして登場するのです。

この映画では、渡辺某氏が日課にしている役所への陳情シーンにそれが如実に表現されており、この障碍を持つリーダーの怒りと悲しみ、そして第三者から眺めれば嗤うべき思い上りが見てとれるのですが、その重複する複雑怪奇な心理の綾を知ってか知らずか、氏の生涯に亘って一意専心献身のまことを尽くす一頭の忠犬のいきようが、氏のそれとだぶってこれまた哀れでした。

密教とかけてアッコちゃんと解くその心は秘密と魔法がいっぱい 蝶人