蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の「父、帰る」を見て


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.168

こちらは2003年に製作されたソ連ならぬ現代ロシアのカラー映画ですが、コッダックのフィルムを使っていながらモノクローム調の映像が素晴らしく透明で見事に調律された照明と相俟って独特の映像空間を造形することに成功しています。

母一人男児二人の母子家庭に突然長い間行方を晦ましてした父親が帰還し、なにやら不穏な雰囲気が漂う。やがてその謎めいた男が久闊を叙すべく、徒と父と子の絆を回復するべく二人の息子を連れて離れ小島で魚釣りをしに出発するのですが、ここからさまざまな行き違いが生じて、とうとう思いもかけぬ悲劇に発展してしまう。

幼い少年たちにとって初めての父親との水入らずの旅が、生涯で二度と忘れられない残酷な思い出を鋭いナイフのように刻むのです。それまで頼りなかった長男が不慮の事故で父を喪った直後から、あたかも父親に成り変わったように雄々しく逞しく変身するのがことのほか印象に残りました。

菊池寛の「父帰る」やバイブルの「父帰る」とはだいぶ違うお話でした。


嫌嫌嫌嫌嫌嫌ああと叫んでいました 蝶人