蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

国立新美術館の「モダン・アート、アメリカン展」を見て


茫洋物見遊山記第72回

珠玉のフィリップ・モリス・コレクションと副題されたこの展覧会では、第1章「ロマン主義とリアリズム」とか第10章「抽象表現主義」というタイトルが付された全部で110点がずらずら並べられていたが、ちょっとカッコつけ過ぎ。こっちは要するに現代アメリカ美術を見に来ているのだから様々な意匠とこざかしい分類なんて無用の長物なのである。

それなりによく描かれ、それなりの絵画的意義を持ちながら、私の目と心から冷たく無視されて通り過ぎていった数多くの作品は今ではどこに消えていったのか今では誰にも分からないが、とどのつまりはジュージア・オキーフが小屋や葉を描いた作品と、エドワード・ホッパーによる「日曜日」と「都会に近づく」が、ただそれだけが私の存在に激しく呼応して白い壁から立ち上がった。

ホッパーの作品は、どれも現代人の孤独な精神の不安な様相を不気味に象徴しているが、とりわけ「都会に近づく」はその最たるもので、都会に近づきながらトンネルに吸い込まれている車道のその左端にあるトンネルの暗闇は、あの英国皇太子妃ダイアナをのみ込んだ穴よりも不気味で昏いのであった。


ダイアナ妃を恋人もろとものみ込みし巴里の暗虚はここにもありしか 蝶人