蝶人戯画録

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ショルティ指揮・ウイーンフィルの「魔笛」を視聴して


♪音楽千夜一夜 第238回

懐かしや今は亡きゲオルグ・ショルティが91年8月8日のザルツブルク音楽祭に登壇してモーツアルトの名作オペラを振っています。

この人はいつもエネルギッシュに鋭角的な切り込みをしますが、序曲もかなりあわただしくはじまる。このぶんではどうなるのかなと危ぶんでいたら幸いにも終わった所で拍手が来たので、ショルティも思わずにっこり。ここからは落ち着きを取り戻した演奏に戻りました。彼の手兵シカゴ響と違って、名代の老舗ウイーンフィルは根拠もなく強引にドライヴされるのを本能的に嫌うのです。

全体的には無難なモーツアルトに終始しましたが、面白かったのはパパゲーノが鈴を鳴らすところで、御大ショルテイみずからがハープシコードで演奏していること。思いがけないサービスに観衆は大喜びです。

しかし演奏よりも見事だったのはヨハネス・シャープの演出、それよりも優れていたのは美術、照明、衣装のアンサンブル。特にアンリルソーを思わせる舞台美術が美しく、これまで劇場やメディアで見聞した様々な意匠を上回るその完成度の高さに驚くとともに、その後20年間の演出家や美術スタッフはいったいなにをしてきたのかと疑わしくなるほどでした。

しかしその演出にも問題があって、ラストの大団円になるとフィナーレの音楽を歌いながら登場したザラストロの僧侶たちの集団が主役のタミーノやパミーノたちを覆い隠して姿が見えなくなってしまう。意味不明のやりくちにいきなりブーが飛んだのは、けだし当然の反応でした。

出演 デオン・フォン・デア・ヴァルト(タミーノ)、ルース・ツィーサク(パミーナ)、アントン・シャーリンガー(パパゲーノ)、エディット・シュミット・リンバッハ―(パミーナ)、ルチアーナ・セーラ(夜の女王)、ルネ・ハーペ(ザラストロ)、フランツ・グルントヘーバー(弁者)、ハインツ・ツェドニク(モノスタトス)演出:ヨハネス・シャープ 1991年8月8日、ザルツブルク祝祭大劇場のライヴ公演

泣け笑え 歌え踊れ 汝幸なる魂よ 蝶人