蝶人戯画録

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マーティン・キャンベル監督の「バーティカル・リミット」を観て

kawaiimuku2012-12-04


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.356

バーティカル・リミット」とは無酸素登頂時の高度的限界を示す用語で、ある地点を超えると高山病による肺水腫で死に至る。原題通りの邦題は珍しいがそれでいいのである。

2000年に米国で製作された山岳映画で、冒頭のロック・クライミング事故から魔のK2登頂時の救難まで息もつかずにひっぱっていく演出は見事である。ニトログリセリンを使った腹腹爆弾登山まで登場して大いに興奮させられるが、単なるアクロバット物ではなく、そこでは倫理的な問い掛けもなされている。

もし登山中に事故が起こり、頭上に確保したザイルが切れるほどの重量の人間がぶら下がったら、どうするか? 芥川の「蜘蛛の糸」のカンダタがもしナイフを持っていたら、(最後にはお釈迦様から再度地獄に落とされたとしても)自分の下のところで糸を切ったに違いないが、この映画では「蜘蛛の糸」的状況が一度ならず2度、3度と出現して、生と死と自己犠牲ということについていろいろ考えさせられる。

主演の俳優はほとんど目にもとまらないが、助演のスコット・グレンが渋い脇役を務めていつものように光っている。

生きたまま入定されし空海の奥都城に舞う高野山の霧 蝶人