蝶人戯画録

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県立神奈川近代文学館の「中原中也の手紙」展をみて

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茫洋物見遊山記132

 

己を高く持し、誰にでも狂犬のように喰らい付き、容易に人の懐に飛び込まなかった孤高にして倨傲の詩人、中原中也。そんな彼がほとんど唯一こころを許した親友が安原喜弘であった。

 

本展にはその生涯の同伴者に向けて詩人が折に触れて綴った102通の手紙がはじめて公開され、そこにこの夭折した天才詩人のさまざまな感慨や想念をぢかに読みとることができる。

 

琴瑟相和していた二人に中を裂いたのは、中原が安原に宛てた「君という沈黙家はいつでも黙って世界を観察しているだけだ」という身勝手な断定であるが、それこそ余計なお世話というやつだろう。若くして筆を折り、中原の庇護者、見えざる産婆役の役割りに甘んじていた安原は、この呵責なき非情の直言に生涯に亘って傷つくのだが、んなもん苦に病まずに無視すれば良かったのである。

 

死の直前の昭和12年10月2日に中原は、横浜の弘明寺(かつて私が住んでいた懐かしい場所!)に安原を訪れ、永劫の別れを告げる。バス停に立ちつくす安原を、中原は窓から首を出していつまでも見送っていたそうだ。その翌々日に結核性脳膜炎を発症した詩人は、10月22日に30歳の若さで昇天した。

 

安原の母親は、「中原の瞳には「みこと(日本武命)」が宿っている」、と喝破したそうだが、私は彼の詩業についてこれほど見事な言表を聞いたことがない。

 

ところで中原の字であるが、幼いころに習字で鍛えただけあって、きわめて自然な達筆であった。この文学館に並べられていた他の有名文学者の筆跡と比べても、中原のそれは群を抜いて美しく、1位中原、2位太宰の順はまず動かぬ所だろう。

 

三島由紀夫も奇麗であるが、まるで小学生の優等生の作文のような莫迦丁寧さは少しく嫌みがある。大岡、開高も相当な悪筆であるが、その最たるものは村上龍で、思わず目を覆いたくなるような作家とは到底思えぬ酷さ。万年筆がパソコンに変わったメリットをいちばん享受しているのはこの人だろう。

 

○なお本展は残念ながら8月4日に終了しました。

 

 

文は人なりされどそは質料のこと形相のあまりに酷きは目を瞑りて過ぐ 蝶人