蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

午後3時の降臨

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「これでも詩かよ」第16番&ある晴れた日に第146回

2013年8月11日午後2時、我が家の玄関前の気温は、摂氏40度に達した。

夏の気温が低く、エアコン無しで過ごす家庭が多いこの地区では恐らく最高記録、いな最悪の記録だ。最悪の記録。

 

おまけに午後2時半には光化学スモッグ警報も発令されたのだが、妻と私はケアホームから夏休みで帰宅した長男の命令で、今日も由比ヶ浜の海水浴場に向かう。

ことしになって通算10回目の海水浴だ。10回目の海水浴。

 

海岸は、無暗に肉体を曝け出す刺青と煙草と缶ビールの若者たちのサバトの狂宴。

海は生温く、まるで泥の海のよう。濁り水のあちこちに、茶色や赤の海藻や瓶、ビニール、得体のしれないゴミが浮遊している。昨日と同じだ。昨日と同じ。

 

どんどん沖合まで泳いでいっても、茶色に汚れた海。自然の波の力で清められない泥だらけの海。さすがの私も、渚に足を浸しただけで進む勇気もない。

自浄不可能となり果てた平成の死んだ海。死んだ海。

 

ところがそれをものともせず、歳をとってもいつまでも可愛らしいうちの長男は、平気で浮輪で浮かんでいる。巨大なお風呂のような海にプカリ、プカリと浮かんで、無念無想の時間を楽しんでいる。無念無想。

 

ふと隣を見ると、そこにいたのは若い父親と脳性マヒの5歳くらいの少年。

父親が自力では歩けない少年を車椅子から注意深く渚に下ろすと、少年は沖合からやってくる上げ潮を両股を開いて受け止め、声は出さないが父親に向かって微笑んだ。微笑んだ。

 

やがて父親が息子の全身を抱き上げると、江の島の方から赫奕差し込んだ午後3時の太陽が、彼らを照らし出す。二人の姿は、幼子イエスと聖ヨセフのようだ。

おお、今こそ由比ヶ浜に聖なる神の降臨! 汚れた海水もたちまちにして浄められた! 浄められた!

 

 

今日中にドストの「貧しき人々」を読んで原稿を書けなんて西村君そんなこと出来ないよ 蝶人