蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

文は音楽~「これでも詩かよ」第91番

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ある晴れた日に第246回

 

 

「文は人なり」などというけれど、それをいうならむしろ音楽。

どの作家であれ、私たちが耳を傾けているのは

文章の底を流れているさまざまな声音なのだ。

 

スタンダールは、モザールのオペラ。

「パルムの僧院」はコシ・ファン・トゥッテの六重唱。

バルザックロッシーニ。旅籠屋から勇ましく出発する「ランスへの旅」。

 

プルーストコルンゴルドの「死の都」。

貴婦人の白い肌の下で蠢く淫蕩な血。

コルクの部屋に跳梁する奇怪な幻影。

 

ボードレールドビュッシーの「ぺれあすとめりざんど」

ランボオワーグナーの「彷徨えるオランダ人」。

原色に彩られた大河を下る酔いどれ船の絶叫。

 

ポール・ヴァレリーは、フォレの弦楽四重奏

学哲の額に幾筋も刻まれた深い皺。

いかなる叡智も機関銃には敵わない。

 

森鴎外。重々しいバッハのオルガン曲。

時折は通奏低音を蔑しつつ、

中低音が喨々と、はたまた嫋々と鳴る。

 

夏目漱石ベートーヴェン

傑作第八番交響曲謡曲に乗せ、

花も嵐も越えてゆくよ。

 

樋口一葉新内節

明烏夢吹雪」の世にも哀しい調べが

吉原大門辺りに流れている。

 

永井荷風は大川端をゆく猪牙から聴こえる長唄「吾妻八景」。

華やかなのに虚ろに響き、

長調なのに哀しいのは何故。

 

谷崎潤一郎清元節

延寿太夫の高らかなテノールを、

梅吉の三味線が柔らかに包む。

 

芥川龍之介江戸前新内節

声も三味線も歯切れ良く歌うのだが、  

突如三味線の弦がぶつり。

 

泉鏡花は虚無僧の尺八。

狂女が棲む山奥から流れてくるのは、

「鹿の遠音」の玄妙な調べ。

 

三島由紀夫はラモーのクラブサン合奏曲。

昼下がりに鳴っていたロココ宮殿で雅の調べが、

夜にはレオノーレ序曲第3番「獣の戯れ」に変わる。

 

太宰治は、管楽器のためのラプソディ。

フルート、オーボエにからんだピッコロが

時ならぬ悲鳴を上げる。

 

大江健三郎は声明。

意味不明の梵語を正体不明の坊さんが唸っている。

江藤淳。小刻みなピッチでスカルラッティを奏でるハープシコード

 

小林秀雄浪曲子守歌。

おのれの声音に酩酊し切って

今宵も村田秀雄とハモっている。

 

吉田健一は時々撥さばきが狂う太棹。

大岡昇平ハイドンハ長調驚愕シンフォニー。

時折人を驚かせる。

 

吉本隆明は神楽歌。

あるいは神主の祝詞

ほとんど意味不明だが、時々神懸って御託宣が下る。

 

村上春樹はフォーク。

おらは死んぢまっただあ、とギター片手に歌ってるのは

ビートルズの「ノルウェーの森」。

 

中上健次はヒップホップの乱れ撃ち。

「死のれ死のれ」「死のれ死のれ」

と死んでもなお煽りまくってる。

 

 

なにゆえに隣の犬は泣き叫ぶ躾がしてない散歩させない 蝶人