蝶人戯画録

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金子兜太著の「語る兜太」を読んで

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照る日曇る日第731回

 

 

 

兜太といえばまず思いだすのが普く人口に膾炙しているこの1句であろう。

 

銀行員ら朝より螢光す烏賊のごとく

 

そこにはトラック島で戦争の飢餓地獄を体験し、命からがら帰国して働いた日銀で干され、窓奥族として金庫の番人を務めて退職した俳人が、己の職場をある距離を置いて振り返った心境が、逆光の中で回されたショートムービーのように照らし出されている。

 

しかしなんといっても秩父生まれの野人の極めつきは、これだろう。

 

おおかみに蛍が一つ付いていた

 

狼とは野にあって自由、権力に与しない荒凡夫金子兜太、そのひとであろう。兜太は秩父特産狼の生まれ変わりなのである。

 

日本銀行という労働監獄で瀕死の烏賊のごとく点滅していた蛍の光は、ここでは野生と生命力の象徴である狼の守護天使として、真っ暗闇の三千世界を青白く照らしている。

 

2つの句と35年の時間を挟んで、彼方には死にいたる静かな蛍光、そして此方には、生の高揚に向かう輝かしい蛍光とが、鮮やかな対比をなしているのである。

 

そして絶対に忘れてはいけないのが、2009年の第14句集「日常」に収められたこの1句である。

 

左義長や武器という武器焼いてしまえ

 

ここには先の大戦で軍隊と戦争の野蛮を身をもって体験した俳人の、老いてなお激しく燃え盛る反戦の叫びが、狼の雄たけびのように聞こえてくるのである。

 

不世出の前衛俳人金子兜太のこれまでの生涯、そして95歳の現在の心境のすべてに得心がいく重宝な1冊である。

 

   なにゆえに狼は暗闇に吠える二度と再び戦をするなと 蝶人