蝶人戯画録

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内田吐夢監督の「真剣勝負」をみて

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bowyow cine-archives vol.705

 

 内田吐夢が描く中村錦之介の宮本武蔵の番外編にして遺作だが、きわめて異色の内容になっている。

 

このたびは鎖鎌の名人宍戸梅軒(三国連太郎)と対決するのだが、愛児を抱えた梅軒の妻(沖山秀子)も鎖鎌の達人であり、武蔵は夫婦連合軍を相手に苦戦を強いられる。

 

 そこで絶体絶命の危機に陥った武蔵は、そこでなんと彼らの愛児を奪って、これを人質にして一発逆転を図るというなりゆきになるのだが、丸谷才一は彼の「輝く日の宮」の挿話の中でこの映画のこのくだりを引用している。

 

 すなわち登場人物の知り合いのさる外国人に、「西洋の英雄はおのれの名誉を慮って女子供の人質をとってまで己の命を救おうとはしないが、恥も外聞もなくそこまでやってしまう武蔵は偉い」と褒めちぎらせているのだが、これってつまりは褒め殺しではないだろうか。

 

 巌流島の決闘をみても分かるように、この男は剣聖でも武士の鑑でもなく、勝つためにはどんな卑怯もやらかす殺人鬼なのである。

 

 

    雨空に一筋の光差し込めば一斉に鳴き始める蝉たち 蝶人