蝶人戯画録

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丸谷才一著「丸谷才一全集第6巻」を読んで

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照る日曇る日第732回

 

 本巻では「輝く日の宮」をはじめ「持ち重りする薔薇の花」「茶色い戦争ありました」「ゆがんだ太陽」など全6篇を収めていますが、まず読むべきは「輝く日の宮」でしょう。

 

 これは若く美しく知的な女主人公をめぐる恋愛や学界のスキャンダルを主題とした波乱万丈の社交風俗小説といえるでしょう。

 

 しかし、いきなりヒロインが少女時代に書いた泉鏡花風の短編小説が巻頭を飾るという奇抜な趣向が施され、全体としては彼女のビルドウングスロマンでもあり、時空を超えた巨大な謎解き小説の様相をも呈している。

 

 さらにその長編小説の内部には、彼女が研究している国文学の興味深い問題、「芭蕉はなぜ奥の細道へ旅立ったのか?」、あるいは「源氏物語の巻頭の「桐壺」の後には「輝く日の宮」という幻の巻があったのではないか?」という仮説についてのあっと驚くエキサイティングな考察がこれでもか、これでもかとパーカッションのように乱れ打たれています。

 

 かてて加えて、その書法の基調は通常の小説体でありながら、突如演劇体に変わったり、シンポジュウムの記録や論文風になったりして、文芸形式の変則形態に挑みつづけ、最後は紫式部に成り変わった著者が、なんとその幻の「輝く日の宮」の巻に筆を染めるという主客一体、空前絶後の驚くべき試みに出たところで、この素晴らしい物語は突如幕を閉じるのです。

 

 本作は著者最高の作品であるのみならず、まぎれもなく本邦の戦後小説の最高峰のひとつに鎮座する名作といえましょう。

 

 

   青空にひつじ雲が浮かんでる今日は死ぬにはかなりよい日だ 蝶人