蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

緑の王国~「これでも詩かよ」第105番

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ある晴れた日に 第262回

 

 

私は緑の王国の中で目を瞑って

寒冷紗の網をじっと握りしめながら、

いつもの場所で、蝶を待ち構えている。

 

やがて大きな黒い蝶が、風のように峠の向こうから飛んでくる。

 私は大きな白い網を振り回すが、それは逃げてしまう。

黄色い思い出を残して逃げ去るモンキチョウ

 

しばらくすると、白と黒と紫の斑点を午後2時の陽光に煌めかせながら、

またしても大きな蝶がやってくる。

国蝶のオオムラサキだ。

 

私は全神経を集中してここを先途と網を振る。

運を天に任せて網を振る。

こんなにも心臓が高鳴るので、吐きそうになる。

 

草の上に伏せられた網の中で、それは激しく羽ばたいている

鳥のようにのたうっている。

私が生まれてはじめて捕獲したオスのオオムラサキだ。

 

私は大きく深呼吸して、そいつの全身を左の掌でつかみ、

そいつのぶっとい太い胸を、右手の親指と人差し指で挟んで

力を入れて両側から押す。押す。押しつづける。

 

きゃつは暴れる。

大きな羽をばたつかせ、悲鳴を上げながら

きゃつは全身で抵抗する

 

きゃつは暴れる。

が、それもほんの一時のこと。

 やがて力尽きて、ぐったりとなる。

 

 きゃつは死んだ。

 きゃつは、掌の上に横たわっている。

 まるで私の死骸のように

 

 

  胸押せばもの凄き力で押し返す死に物狂いの蝶のあがきよ 蝶人