蝶人戯画録

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トマス・ピンチョン著「重力の虹」上巻を読んで

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照る日曇る日第736回

 

 ナチス・ドイツ特製のⅤ2ロケットが闇をつんざいて落下する1944年冬のロンドンを舞台に繰り広げられる、血沸き肉躍る、はちゃめちゃ大冒険スラップスティック百科全書的世界探索冒険小説のはじまりはじまりヰ。

 

 と書きだしたものの、ではこのほとんど病気なくらいに荒唐無稽にして迫真現実的で、めくるめくまでにエクスタシーで、悲劇的なまでに喜劇的で、反文学的なまでに文学的で、支離滅裂なまでに真摯で、クロスワード的なまでにロールシャッハ的で、痙攣的なまでに勃起的で、神聖なまでに猥褻で、絶望的なまでに楽天的で、超夢幻的なまでに政治的な小説の真価をいくぶんでも語れるとは絶対に思えない。

 

 ただ言えるのは、シェークスピアだのドストエフスキーだの紫式部だのドス・パソスだのガルシア・マルケスだの三島だの太宰だの大江だの中上だの村上だのは読んだが、まだトマス・ピンチョンをまだ1頁も読んだことのないない人は、この世界のモグリだといわれてもまあそのお仕方がないんじゃろうな。

 

 さりながら、ピンチョンはいったい何が面白くて、このような、分かったようで分からない、意味ありげなようで、まったく無意味なような、超面白そうだけど面白くもなくて、それでも読まずにはいられなくなる世にも不思議な書物を延々と描き続けたのかさっぱり分からないが、毎年ノーベル文学賞の呼び声高い村上春樹選手よりはよほどそれにふさわしい人物である。

 

 どころかノーベル賞など及びもつかぬ比類なき価値を内蔵している21世紀最高の文化財みたいな作家であることだけは確かだろう。

 

 30万語、日本語原稿枚数2900枚という巨大な分量の書物の半分を1か月以上かかって読みあげたが、のこりの半分も7年間かけて翻訳したという佐藤良明選手の未聞の労苦を思えば、ここで投げ出すわけには到底いくまいな。甘露甘露ヘロヘロゲロゲロ。

 

 なんじゃもんじゃこれでも小説かピンチョンは八面六臂の千手観音 蝶人