蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

奥村晃作著「造りの強い傘」を読んで

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照る日曇る日第747回 

 

 

 私叔する歌人のお薦めで手に取ったのが、著者の14番目の最新歌集で、そこに収められているのは、例えば次のような歌でした。

 

山の上に山より大き雲浮かび黒々と山に影落しおり

耐震性のゆえにかあらん家々の窓は小さめ要塞のごと

山椒の香りが好きで山椒の葉をちぎり嗅ぐ苑に見付けて

 

 なんだ、ただ見たものをただ詠んでいるだけじゃないかという声が聞こえてきそうですが、その通りで、見聞きしたこと、思ったことをそのまま詠む歌を「ただごと歌」といういのだそうです。

 

 そんな蒸留水のような歌は感動がなくてつまらないと排斥する人も多いようですが、元祖現代流「ただごと歌」の元祖である著者の歌には確かな技巧と新たな気づきがあります。

 

枯れすすきドライフラワーであることに気付けり風にふわふわ揺れて

近頃のキュウリ形は良いけれど切ってるときの匂いが薄い

トンネルを走ればトンネル特有の音聞こえ来る高速バスに

 

 次に78歳という高齢でありながら、震災の被災地に出かけたりモンサンミシェルを訪れたり何でも見てやろうというフットワークの軽快さが好ましい。

 

ジェジェ ジェジェジェ あまちゃんの「久慈」には行かず「田野畑」村で引き返したり

被災者といわき市民がスーパーの列に並びて口争いす

スリに注意と書く看板がルーブルモナリザ飾る部屋にもありぬ

 

 

 また自分の意見や好き嫌いをはっきり闡明する率直さにも、大変好ましいものがあります。

 

己が皮膚の色に苦しみしマイケルの「BLACK OR WHITE」繰り返し聴く

感動を噛み締めたくてアンコール要らない せめて一曲でいい

炭鉱は滅びてしまい原発も滅びてしまう時代は来るか

 

 さらに「ただごと歌」といいながら、その平平凡凡たる事実のまわりにおのずから醸し出されるそこはかとないユーモアは、青白いインテリゲンちゃんの空疎な言葉遊び短歌にはけっして見出されないもの。悲劇的な歌を詠むよりも喜劇的な歌を詠むほうがどれほど難しく、知性と技巧が必要であるかは誰もが知るところです。

 

信号の緑の人は自らは歩かず人を歩き出させる

まだ動く海老を摑みて熱湯に落とすやたちまち赤海老となる

放射能汚染の肉であろうとも新鮮野菜の刺身はうまい

 

 

 さいごに著者自身は次のように宣言されておりますが、一読すっかり心を奪われてしまった刺激的な歌集でありました。

 

 些事詠んで確かなワザが伴えばそれでいいんだ短歌と言うは

 

 

 短歌とはなにをどう詠んでもいいんだ ああ胸がすく怪傑黒頭巾 蝶人