蝶人戯画録

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西暦2015年のお正月にいろんな「バットマン」をみる

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bowyow cine-archives vol.745、746、747、748、749、750

 

ティム・バートン監督の「バットマン」「バットマン リターンズ」をみて

 

 バットマン役やその恋人のキム・ベイシンガーなどはどうでもよいが、悪役ジョーカーに扮した名優ジャック・ニコルソンの圧倒的な怪演を堪能できる。しかしあんな毒液の中に落っこちると骨も肉も蕩けて死んでしまうはずなのだが、どうして顔だけ変形して生き延びることができたのか不思議。

 

 不思議と言えばバットマンてどこまで超絶肉体なのか映画をみているだけでは分からない。鋼鉄自動車が欲しくなる映画なり。

 

 続編の「バットマン・リターンズ」でも目立つのは主人公ではなく、敵役のペンギン男ダニー・デヴィートと恋人役の猫女ミシェル・ファイファー。悪役が得意なクリストファー・ウオーケンなど完全に霞むほどの大活躍で世界暗黒化に貢献している。

 

 監督のティム・バートンとしては人間の善悪の二面性に光を当てたいのだろうが、そんなお題目よりブラックヒーローのいびつな魅力が冴えわたる異色作なり。

 

◎ジョエル・シューマッハー監督の「バットマン・フォーエバー」「バットマンとロビン」をみて

 

 監督と主役が交代したバットマン・シリーズの第3作は、前作と前々作にくらべてさらにくだらなさが前面に出た。

 

 主役のぼんくらマイケル・キートンが同じく凡庸なヴァル・キルマーに交代しても別に痛痒を感じないが、肝心かなめの悪役のトミー・リー・ジョーンズが不発に終わり、ジム・キャリーにはさらさら魅力がなく、物語の2極構造と推進力を喪失した映画は、善玉に訳の分からない助っ人を追加したことによってさらにつまらなくなっていったのである。

 

 ゆいいつ見るに耐えたのはヒロイン役のニコール・キッドマンのみ、という体たらくなり。

 

 4作目の「バットマンとロビン」では悪役になんとアーノルド・シュワルツェネッガーが冷凍怪人Mrフリーズを演じるがこれがいかにも寒い。

 

 寒すぎるというのでもう一人ユマ・サーマンを狂気の植物毒女に配したので、バットマン勢もこれに対抗すべくジョージクルーニーとバッドガールを投入、3枚駒で善悪入り乱れての戦いとなるが、もはやこうした対決図じたいが原作の漫画以上にあほらしい漫画になってしまい、ともかく終りまで見るのがつらいのであった。

 

クリストファー・ノーラン監督の「バットマン・ビギンズ」「ダークナイト」をみて

 

 本作はシリーズの冒頭で描かれるべき主人公の来歴、バットマンがなぜバットマンになったか、ならざる得なかったかをなんとシリーズ5作目にしてしらじらしく物語るという次第に驚きあきれはてたが、この作品ではじめてまともな演技ができる主人公が登場したのは、いささか遅すぎたにせよ慶すべきことではある。

 

 ノーランの演出は漫画調を大きく逸脱した糞真面目風。バットマンと対決する武道の達人に渡辺謙が出演して英語を喋っている。

 

ダークナイト」ではもはやバットマンがヒーローどころかただの悩める弱き存在に堕してしまい、満身創痍でジョーカー一味と戦う姿は悲愴そのもの。最後は恋人にも振られ、死なれ、可哀想なくらい。

 

 悪の権化ジョーカー(ヒース・レジャーが強烈な存在感を示す)を殺せば己の性善説が崩壊してしまうがゆえに殺せず、殺さず、諸悪の根源は己であるとして腐敗都市ゴッサムシティのために犠牲的精神を発揮するのであったあ。

 

 百鬼夜行と見えつつ、実は一握りのエリートが富と権力を独占しているゴッサムシティとは、すなわち平成日本の暗黒社会そのものなのである。

 

  目に見えぬ暗黒物質に囲まれて我ら今ゴッサムシティの住人 蝶人