蝶人戯画録

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アリス・マンロー著「善き女の愛」を読んで

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照る日曇る日第755回

 

 昨年のノーベル賞を受賞したカナダの作家が1998年に発表した短編小説集を小竹由美子さんの優れた翻訳で読みました。

 

 この本には「善き女の愛」、「ジャカルタ」、「コルテス島」、「セイヴ・ザ・リーパー」、「子供たちは渡さない」、「腐るほど金持ち」、「変化が起こる前に」、「母の夢」の全部で8つの短編が収録されていますが、いちばんよく出来ているのはやはり表題作ではないでしょうか。

 

 短編というより中編のボリュームをもつこの作品の主人公は、ある独身の「善良な」訪問看護婦です。

 

 物語は、オンタリオ州の小さな村はずれで3人の少年が川に沈んだ自動車を発見する不穏なエピソードから始まります。

 

 やがてマンローは、主人公が彼女の固有の人世を、生きて、働いて、様々な物思いに明け暮れる固有の時間と場所について、いつものようにありありと描き出します。

 

 彼女が担当する終末期の女性患者、そしてヒロインの同級生でもあり、彼女が密かに想いを寄せる患者の夫。そしてこの3人の間に降って湧いたように襲いかかる殺人事件の疑惑。

 

 登場人物たちの人間関係を次第に露わにしながら淡々と進んでゆく物語は、やがて異様なスリルとサスペンスをはらみ、読む者の意識を釘づけにするのです。

 

 

  五七五の流れにゆったり身を任せ嘘八〇〇の歌を詠みたし 蝶人