蝶人戯画録

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東田直樹著「あるがままに自閉症です」を読んで

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照る日曇る日第772回

 

 自閉症者の障がいの特徴は「認知の障がい」「運動の障がい」「社会性発達の障がい」「言語発達の障がい」に加えて「同一性への固執」「常同的な遊びや行動のパターン」などを示すことにある。

 

 脳の中枢神経系に器質障がいがあると推定されている彼らの、そんないっけん奇妙で奇怪な行動の背後には、なんらかの理由や根拠があるはずなのだが、そのメカニズムは遅々として解明されない。

 

 今年40歳になった長男も自閉症だが、私が彼をちょっと注意したり怒ったりすると、それが大きなこだわりになって長きにわたって潜伏し、私がとっくに忘却した頃になってそれに対する反発や怒りや自傷が爆発したりする。

 

 どうしてそうなるのと息子に尋ねても、言葉が壁になって明確な答えが返ってこず、こちらは推理と想像を逞しくするほかなかった。

 

 おそらく本書の著者もそのような障がいを複合的に保持している青年ではないかと想像するのだが、世の自閉症者と異なるのは、言葉を自在に用いて、まるで哲学者のように自分と他者と世界について深い思考を巡らせる驚くべき才能を持っていることである。

 

 本書を読むと「なるほどなあ、そういうことだったのか」と腑に落ちる個所がいくつもある。たとえば、

 

「お母さん、おもてなしってなに?」

「人に親切にしてあげることよ」

「おもてなし、おもてなし」

 

 というわが家の母と子の会話のような状況において、息子は本気で質問をして回答を求めているのではなく、著者が正しく解説しているように「言葉のキャッチボールを楽しんでいる」のである。

 

 本書は、みかけは阿呆莫迦気狂い同然の障がい者が、じつは健常者の想像を絶する辛さと生き難さ、そして驚くべき繊細な知性と感性の世界を内蔵している逆説を鮮やかに証している。

 

 嗚呼、うちの耕君も、パソコンに向かって言葉で内面を吐露する能力さえあれば著者に勝るとも劣らぬ豊かな思想や感情を表現することができるに違いないのだが。

 

 

 人はみな発達障害にしてアインシュタインエジソン自閉症だと いい加減なレッテルを貼りはやめてけれ 蝶人