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蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

鎌倉十二所を歩く その8 御坊ケ谷の巻

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茫洋物見遊山記第175回&鎌倉ちょっと不思議な物語第337回

 

 

 御坊ケ谷は十二所神社の北側に広がる谷戸で、路は吉沢川に沿って北上している。

 

 吉沢川には御坊橋が架かっていて、谷戸の奥には「月輪寺」という寺があり、さらにその先の番場谷には北条高時の首やぐらとも伝えられる「お塔の窪」と呼ばれるやぐらがある。

 

「お塔の窪」は市の指定史跡で、やぐら内には籾塔型の古式の宝篋印塔があるそうだが、私は見たことがない。おそらく私の息子は遊び仲間のヒロやマサと一緒にこの謎の傾斜地を探検したことだろう。

 

月輪寺」の場所も不明だが、もしかすると私の息子の遊び仲間だった高木君の実家がその旧蹟ではないだろうか。その一画にはかつて有名な歴史家の小丸俊雄さんの寓居もあった。

 

月輪寺」を創建したのは鎌倉幕府の第四代執権の北条経時で、鶴岡八幡宮寺の供僧が別当を務め、鎌倉御所の護持僧が住持したと伝えられているからかなり格式の高い寺院であったと思われる。

 

 番場谷の「お塔の窪」の反対側には寺院跡と思われる谷戸が現存するが、(最近ロッジハウスが建った)私はここが「月輪寺」の別坊、あるいは遍照院ではないかと考えている。

 

月輪寺」のペアとなる「日輪寺」は北条高時の寺号なので、もしかするとこの近くにあったかもしれないが、「十二所地誌」をみるとこのシリーズの第三回で紹介した鑪ケ谷にあったと推定されているがつまびらかではない。

 

 

  斉藤斎藤の「NHK短歌」終りぬこれだけは受信料払う値打あったな 蝶人