蝶人戯画録

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井上ひさし著「井上ひさし短編中編小説集成第5巻」を読んで

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照る日曇る日第775回

 

「青葉繁れる」「モッキンポット師ふたたび」と単行本未収録の「紙芝居平家物語」が収められています。

 

「青葉繁れる」はタイトルが素晴らしいので期待して読んだが、まあ普通の自伝的学生時代振り返り小説でことさらどうということはありませんでした。

 

 私はこの題名から「青葉茂れる桜井の」というあの「大楠公」の名歌を思い出し、これを小津安二郎の遺作「彼岸花」で朗々と吟じた笠智衆の面影を、そしてそれに続く七人の唱歌合唱を思い出したのだが、この二段組み135ページの中編小説は、この映画の五分間についに及ばなかったようです。

 

「モッキンポット師ふたたび」も前シリーズの無理やり継続版でどうということもなし。

 

 最後の「紙芝居平家物語」はかつて「話の特集」に連載された「平家物語」をネタにした抱腹絶倒のスラップステイック、のはずであったが、連載が進むにつれて話柄に難渋し、寄り道脱線し、とどのつまりは物語を物語ることをやめて1981年の本邦の政治的経済的総括&未来論みたいな与太話で竜頭蛇尾で突如休筆していまうところが一等面白かった。

 

 道理でどこも単行本にしようとは思わなかった訳ですが、その徹底的試行錯誤と出口なしの七転八倒ぶりがすでにして貴重な芸になっていると申せましょう。

 

 

もし私がライターだったら絶対に書きたくない文章「そこには自分探しの旅に出たまま行方不明の自分がいた」 蝶人