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蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

外国映画あれやこれや連休10連発!

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闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.805、806,807、808、809、810、811、812、813、814

 

 

○ウィリアム・A・ウェルマン監督の「つばさ」をみて

 

 1929年米パラマウント製作の珍しい飛行機野郎の無声映画なり。

 

 敵のドイツ機を乗っ取って欧州の米軍基地に帰還しようとしたところを、無二の親友が撃墜してしまう。

 

 第1次大戦中はまだ無線がなかったから、こういう悲劇がありえた。もっとも無線があったとしても疑心暗鬼で撃ち落とされてしまったかもしれないが。

 

○マーヴィン・ルロイ監督の「若草物語」をみて

 

 オルコット原作の「小婦人」の4回目の映画化作品で、長女メグをジャネット・リー、次女ジョーをジューン・アリスン、3女ベスをマーガレット・オブライエン、4女エイミーをエリザベス・テイラーが演じている。

 

 私が一等好きなのは3女ベスで、可憐な少女が老ローレンスにピアノを贈られて喜ぶシーンでは思わず涙がチョチョぎれました。

 

 監督は「東京上空30秒」のマーヴィン・ルロイで、この1944年製作の映画はリアルな緊迫感があって良かった。

 

 

○ウィリアム・A・フレーカー監督の「モンティ・ウォルシュ」をみて

 

私の好きなリー・マービンジャック・パランスに加えてなんとジャンヌ・モローが花を添える異色の西部劇ずら。時代は急速に変貌して行くのに牧場でしか生きがいを見いだせないラスト・カウボーイの末路に悲哀がにじむ。

 

 

○クレランス・ブラウン監督の「仔鹿物語」をみて

 

 食うや食わずの開墾地では可愛い小鹿を飼育することが一家の破滅に至るという教訓が長長と語られる1946年製作のアメリカ映画なり。

 

 グレゴリー・ペックってどんな映画に出ても「いいなあ」と思わせる最高の役者だが、妻役と子役のミスキャストが大いに足をひっぱっている。

 

 

ニール・ジョーダン監督の「クライング・ゲーム」をみて

 

 いにしえのアイルランド紛争をめぐって敵を殺さなければならなくなったIRAの若者の愛と苦悩を描く。

 

 政治的な対立は銃の対決に進み、銃の対決は殺すか殺されるかの獣的対決に劣化し、かくて霊的存在は下劣な獣的存在へと急降下し爬虫類の酷薄さと悲哀に沈湎して終わる。

 

 だからこそやっぱり戦争はよさなければならない。というような思いに導いてくれる映画なり。

 

 

アルフレッド・ヒッチコック監督の「レベッカ」をみて

 

 前妻のレベッカの面影に陰険な家政婦長によって次第に追い詰められてゆく若妻役を東京生まれのジョーン・フォンテインが愛らしく好演している。

 

 人里離れたマンダレイの大邸宅を包む不気味な空気感をヒッチらしく描いているが、後半レベッカの死の謎とき裁判が始まるあたりから物語の展開がダレてくるのは映画が長すぎるから。

 

 ラストで家政婦長が屋敷に火を放つ理由もよく分からない。

 

 

フレッド・ジンネマン監督の「地上より永遠に」をみて

 

 日本軍の真珠湾攻撃を目前に控えたハワイの米軍基地の陸軍兵たちの愛と葛藤を描く名匠の名作なり。

 

 軍曹のバート・ランカスターが惚れる上官の妻デボラ・カー、頑固な上等兵モンゴメリー・クリフトとその恋人ドナ・リード、陽気なイタリア系の兵士フランク・シナトラを惨殺するアーネスト・ボーグナイン、みなその人物像がくっきりと描かれ、好演しているのはやはりジンネマンの手腕の賜物であろう。

 

 とりわけランカスターへの不倫に燃えるデボラ・カーの冷たく淋しい横顔が印象に残る。2人の波打ち際の抱擁が、映画史上不朽の名場面となったのもむべなるかな。

 

 

ビリー・ワイルダー監督の「サンセット大通り」をみて

 

 売れない脚本家ウィリアム・ホールデンの窮地を助けたのみならず、愛してしまった無声映画の女王グロリア・スワンソンの間に起こる悲劇を、彼女によって射殺された脚本家の視点で描く独創的なアメリカ映画の大傑作ずら。

 

 銀幕への復活と恋に破れ失意のどん底のおちた女優が、彼女の最初の夫であり忠実な召使エーリッヒ・フォン・シュトロハイムのはからいで演じる「サロメ」は、グロリア・スワンソン一世一代の名演技であり、世界映画史有数の名場面であらう。

 

 

フランク・キャプラ監督の「素晴らしき哉、人生!」をみて

 

 社会正義派の正義の味方ジェームズ・スチュアートが資本主義の権化の悪玉ライオネル・バリモアの罠にはまって死のうとしたときに、「翼のない」2級天使ヘンリー・トラヴァースが天から遣わされて救いの手を差し伸べるという設定がユニーク。

 

天使は、もしジェームズ・スチュアートがこの世に存在しなかったら、いかに酷い街になっていたかを映像で見せるのだが、この辺はかなりしつこいずら。

 

 絶体絶命の窮地に陥った我らが主人公は彼の友人たちのカンパによって救済されるが、8000ドルを盗んで善人を陥れた悪玉を神様は裁かれないのだろうか?

 

 

フランク・キャプラ監督の「或る夜の出来事」をみて

 

 大金持ちの父親から結婚に反対された娘クローデット・コルベールが、家出している間に新聞記者のクラーク・ゲーブルに出会って恋に落ちるのだが、お互いの行き違いから離れ離れになり、娘はいやいや元の恋人と結婚しようとするが、父親の機転で会場から脱出し、晴れて一緒になるまでの話なり。

 

 家出の道中での2人の出会い、マイアミからNYへ向かうバスの中や、新婚夫婦を偽装して泊ったモーテルでのさまざまなエピソードは部分的には面白いが、映画全体としてそれほど面白くはないずら。

 

 コルベールの方から愛を告白しているのに応えないゲーブルというあまりにも映画的な設定は人間的にはノーであるなあ。

 

 

 なにゆえに昔の映画のほうが面白い新人は旧人の遺産を継承できない 蝶人