蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

坂口弘著「暗黒世紀」を読んで

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照る日曇る日第787回 

 

 

本書はあとがきに書かれているように、2007年「常しへの道」に続く「第2歌集」で、2000年から2007年までに詠まれた短歌334首が収められている。

 

連合赤軍あさま山荘事件、山岳ベース事件などで16名を殺戮したとして1993年に死刑が確定した著者は、現在もなお東京拘置所の新獄舎で突然の執行宣告におびえながら孤独で不安な日々を送っている。

 

国家より死ねと言はれて十年経ぬ十年経しかと今さら思ふ

児童期より死刑は悪しと思ひゐしにそをさるる身となりたる皮肉

説得を止めさむとして撃ちにしが親に向けてと今に言はるる

 

1972年に逮捕されてから43年が経ち、著者は既に68歳になった。

 

房を出て戻ればむつと鼻をつく加齢臭に悩める歳かな

在るがままに生死巌頭に立つ身なり悪すぎる生といまは思はず

青春の思ひ出なるはわれに無しなくともよけれつくりゆかむ

 

 

時折胸に甦る懐かしき思い出、

 

なりたきは総理と書きて笑はれし小学四年のわれなりしかな

わが生涯一のよろこび朝日歌壇佐佐木幸綱選一席入選

かの夏に一目見しのみに忘られぬ女性にかも似る昼顔の花

 

我を忘れるひとときもある。

 

屋上に逆立ちすれば足うらに冬の陽あたりこころ温もる

ふいに立つオレンジの香よ湯上りの女性わがそばに居るがごとくに

あらざるにわが子の名前を考へをり死刑囚にして独り身のわれが

 

しかし当然のことながら緊張の日々は果てしなく続く。

 

午後を過ぎなほ来ぬけさの新聞よたがはず小菅に執行ありけむ

墨塗りを透かして読めば<蘇生せるを首しめて楽にしてやれり>とあり

看守らが毎夜のごとく自殺者を運び出だしし年もありけり

 

とどのつまり、これが確定死刑囚が直面している現実なのである。

 

いかにして車椅子の人を吊るししや吊るしし者の酷さ思へる

呼び出しから犬は十五分人間は六十分なるぞ殺処分まで

<ピエーッ!>てふ声<ドドド!>と後ずさる音きこえ執行告知をされぬと悟る

白髪がプッツン、プッツン音たてて殖えゆくと詠めり確定せし夜を

 

 

国家とは奇妙なものよ民草の殺人をとがめその罰に自らの手を血で染めたりもする 蝶人