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蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

されど、なかなか見ごたえのある映画もあったずら。

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闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.827~834

 

 

 

トラン・アン・ユン監督の「青いパパイアの香り」をみて

 

 内憂外患、嫌なことばかりの毎日であるがたまにこういう映画に出会うと心が洗われるような思いがする。1950年代フランスの植民地であったベトナムサイゴンを舞台にしたいわゆるひとつのシンデレラ物語で、最後に少女は王子様に出会って仕合わせになる。

 

男尊女卑があからさまであるとか、当時の植民地の過酷さ、貧富の差が対象化されていないとかいくらでも揚げ足取りをする連中がいるだろうけれど、この映画は自然と人世が一体になった小さな懐かしい世界を描いて、なにものにも替えがたい清らかな浄福を与えてくれるのである。

 

 ヒロインの女性、特にその少女時代の役者の笑顔が素晴らしい。

 

 

アレクサンダー・ペイン監督の「ファミリー・ツリー」をみて

 

 原題は「子孫」。珍しくも現代のハワイを舞台に繰り広げられる家族ドラマであるが、この映画の主人公はなんとかつての王様ハメハメハの末裔であって遺産としてのこされた大自然をどのように処理するかで頭を痛めている。

 

冒頭でモーターボートで颯爽と登場する婦人が突然の事故で死亡する悲劇からはじまるこの映画だが、115分間にわたって繰り広げられるさまざま深刻な葛藤を見せつけられた観客はラストで夫のジョージ・クルーニーとその2人の娘がソファーにならんで座り、アイスクリームを舐めながらテレビで放映されている南極のペンギンのドキュメンタリー番組を眺めいるショットがいつまでも続いてほしいと願わずにはいられないだろう。

 

ハワイの陰影に富む自然を見事にとらえたいまはなき富士フィルの映像が美しい。

 

 

リドリー・スコット監督の「ブラックホーク・ダウン」をみて

 

 

 泥沼のソマリア紛争に介入して10名の海兵隊員を喪ったアメリカ軍の内情を史実に基づいてリアルに描く。独裁者アイディード将軍の側近を誘拐するための急襲作戦が失敗し、最新鋭武装ヘリのブラックホークが2台も撃墜されてしまう市街戦をリドリー・スコットは迫真的に描きだし、戦争の空しさを克明にあぶりだしていく。

 

 米国の大義に殉じる安倍政権が目指しているのは、集団的自衛権を発動してアフリカの僻地にまで自衛隊を派遣し、神聖なる同盟軍の訳のわからぬ誓いと絆のために邦人の夥しい血を流さしめることだ。

 

 

○バズ・クリーク監督の「戦うパンチョ・ビラ」をみて

 

 題名からしてなんとなくつまらん映画だろうと思っていたのだが、案に相違してヒジョウに面白かったのは恐らくスタンリー・キューブリックが脚本を書いているからだろう。

 

 アメリカの武器商人がどうとち狂ったのか反米独立闘争の指導者ユルブリンナー(パンチョ・ビラ)とチャールズ・ブロンソンの策動に巻き込まれてゆき、引退してアメリカにひきあげてからも彼らの窮地をみかねてそこはそれ男の侠気というやつで飛行機に乗り込んでいうのだったあ。

 

 

スティーヴン・スピルバーグ監督の「E.T.」をみて

 

 1982年に公開されたものを20年後に改定された新バージョンで楽しむ。まあディズニーの世界といえばそうなのだが、宇宙人との楽しい交流、大空を自転車で駈けるシーンには思わず心が躍ってしまう。たまにはこういう映画もみたいものである。

 

 

ゲイリー・ウィニック監督の「ジュリエットからの手紙」をみて

 

 原題は「ジュリエットへの手紙」なのに勝手に変えていることやヒロインの顔がはじめ気に喰わなかったので、見るのをよそうかと迷ったが、舞台がNYからイタリアのヴェローナに移ってから急に面白くなり、ヴァネッサ・レッドグレーヴが登場するに及んで最高の盛り上がりとなった。

 

 ロミオとジュリエットのご当地を舞台に老いらくの恋と若者の恋を同時並行して描くなどの演出も見事。2011年に49歳で亡くなったゲイリー・ウイニックがこの世に遺した素敵な贈りものです。

 

 

○エリク・トレダノ&オリヴィエ・ナカシュ監督の「最強のふたり」をみて

 

 原題は「アンタッチャブル」。インドの不可触選民を思わせる最貧困層の人々の存在を意識さえようとするのが製作者の狙いだろう。

 

 車椅子の上の身動きできない富豪の白人障がい者とそのケアをする貧乏な黒人との強い絆を称える人世賛歌の話で、これは実話らしいが、貧富の格差を超えた友愛が存在する、といいたいのであろうか。

 

 白人の障がい者社会福祉のケアの専門家ではなく、障がいと障がい者のことなど全然知らないで「障がい者を普通に扱おうとする」能天気な男を選んだことが結果的にはぴったしかんかんであった。というのだが、これは現場的には必ずしも正解とはいえまい。

 

 しかし映画では主役の2人が見事にマッチしていて、ラストは大いに泣かせます。

 

 

○オーソン・ウエルズ監督・主演の「市民ケーン」をみて

 

 薔薇のつぼみの謎ときをめぐって市民ケーンの生涯が時系列で語られ、最後に彼の不幸な生い立ちとそのこよなき遊び道具に収斂させる話法は見事。トップカットとラストカットをあえて同一にして、その古典的な様式を強調している。

 

 

   遥々と鎌倉にまでやって来て紫陽花を見物する人人人 蝶人