蝶人戯画録

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新潮日本文学古典集成「萬葉集一」を読んで

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照る日曇る日第801回 

 

 

 萬葉集という本邦最大最高の詩歌集を編んだのは大伴家持とされるが、その家持がどれくらい女性にもてたのか、この一冊を読めばよく分かります。

 

 本妻は従妹に当たる大伴坂上大嬢(おおともさかのうえのおおいらつめ)で、この幼馴染の二人は相思相愛の理想的なカップルであったと思われるのですが、天平四年から十一年くらいまでの間に謎の「離絶」の時期があるのです。

 

 普通なら二人はそれで終ったはずですが、やはりどうしても忘れられなかったとみえて、さながら焼けポックイに火が付いたように再度くっつき、その後は不動の正妻の地位を守るのです。

 

 では、どうして突如アツアツだった二人が別れてしまったかというと、小生の素人考えでは、あまりにも大伴家持が女性にもてすぎるので、坂上大嬢が頭に来たのではないかと邪推するのです。

 

 歌人というよりも古代名門豪族の代表的な武人として台頭する藤原氏と毅然と対峙した「男の中の男」、その魅力が光源氏のようにあらゆる階層の女性たちを魅了したのでしょう。

 

 さてそのお相手ですが、女流歌人とし名を知られる笠女郎をはじめ、山口女王、大神女郎、中臣女郎、河内百枝娘子、粟田女娘子、大宅女、安都扉娘子、丹波大娘子等々その数知れずというくらいですが、本書によれば本命は紀女郎(きのいらつめ)であったそうな。

 

 家持は紀女郎との間に何通もの相聞歌を交わしていますが、本妻の坂上大嬢とのラブレターと比べると、その数においてもその熱烈の度合いにおいても敵わない。やはり最後は収まるべきところに収まったといえるのではないでしょうか。

 

 

 世の中し 苦しきものに ありけらし 恋にあへずて 死ぬべき思へば 坂上大嬢

 

 後瀬山 後も逢はむと 思へこそ 死ぬべきものを 今日までも生けれ 家持

 

 

 

昆虫を気持ち悪いという子供昆虫は動物でねそのなかでいちばん気持ち悪いのが人間なんだよ 蝶人