蝶人戯画録

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日本文学全集22「大江健三郎」を読んで

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照る日曇る日第802回 

 

 

「人生の親戚」「治療塔」「鳥」「狩猟で暮らしたわれらの先祖」のほかに短いエッセイを盛り沢山に収めた、切れ味鋭い池澤夏樹版健三郎セレクションずら。

 

「人生の親戚」は、どこかマルケスリョサなどの影響を受けたところもあるようだが、ヒロインの(いずれも障がいを持った!)2人の子供が、(ひとえに作家の小説的レシピの好みで)投身自殺をするというトリヴィアなトピックづくりに違和を覚える。

 

 こういういかにもな(変態的&ドストエフスキー的?)プロットを導入しなくても、この女性の悲劇的な生涯を「深刻に」描く方途はいくらでもあったに違いないのに。

 

 「治療塔」はエリート地球人が非エリート地球人を差し置いて他の惑星に脱出したものの、新生活を築くことに失敗したので逆戻りするという奇妙なSFだが、その惑星にあらかじめ据え付けてあったという「治療塔」の存在は興味深いずら。

 

 もしも宇宙のどこかに、こういう暗黒物質が生んだ生命の樹(聖なる生命賦活システム)のごときものがあったなら、もしかすると(おたくの光君も、うちの耕君も)、生まれながらの脳の障がいを克服することが出来た(出来る)かもしれないね。

 

 巻末のエッセイ「ナラティヴ、つまりいかに語るかの問題」を読むと、よくもこんな辛気臭い文章を書くなあと文句を言われつけているこの作家が、どのような試行錯誤を経て、かくも豊饒なる日本語表現を獲得するに至ったかが窺い知れる。ずら。

 

 

   民草の多くは正しく判断したり競技場にノン戦争法案にノン 蝶人