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蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

鎌倉国宝館で「仏像入門展」をみて

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茫洋物見遊山記第187回 鎌倉ちょっと不思議な物語第353回

 

 残念ながら去る6日の日曜日に終ってしまったのだが、この夏休みのお子様向けと思われた展覧会は、仏像のあれやこれやを知りたい大人にも非常に為になる有意義な展覧会であったずら。

 

 会場には寿福寺薬師如来円覚寺の「阿弥陀三尊像」、怪しく面妖な秘仏歓喜天像」など数多くの仏像がずらりと並んでいて、如来と菩薩と明王、天部の違いを懇切丁寧に教えくれるのでした。

 

 悟りを開いた釈迦をモデルにした最高尊の如来には、釈迦如来薬師如来阿弥陀如来などがありますが、薬師は左手に薬鉢を持っているので明快ですが、釈迦如来阿弥陀如来の区別はなかなか難しい。

 

 鎌倉大仏を釈迦如来とみた与謝野晶子は、

 

  かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におはす 夏木立かな

 

 と誤って詠んだわけですが、阿弥陀如来の手の印の結び方と釈迦如来の定番の両手を重ねるスタイルはちょっと似通っていて、よーく観察しないとその違いが分からないからです。

 

 しかし、もしかすると晶子さんは、じつはその違いが分かっていながら、あえて「釈迦牟尼」と詠んだのではないでしょうか。なぜかというと、これが阿弥陀如来なら

 

  かまくらや  みほとけなれど 阿弥陀如来は 美男におはす  夏木立かな

 

 のように第3句が字あまりになって、無事におさまらないからです。牟尼は釈迦の尊称ですから、阿弥陀牟尼とする訳にもいきません。

 

 後年、彼女は周りからやいやい言われて、仕方なく

 

  かまくらや  仏なれども大仏は 美男におはす 夏木立かな

 

 という改定版をつくったりしましたが、これがいかに駄目な歌かは御本人がいちばんよく知っていたと思います。

 

 

 かまくらや 高徳院の大仏は 来年はじめに ドック入りとか 蝶人