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蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

谷崎潤一郎著「細雪」を読んで

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照る日曇る日第815回~「これでも詩かよ」第157番

 

 

日本が中国を遮二無二侵していた頃に、

そうして手痛いしっぺ返しを喰らうておった頃に、

大阪と芦屋に四人の美しい姉妹が住んでおりました。

 

一番下のこいさんは、とびっきりのモダンガール。

おっとりと奥ゆかしいお姉ちゃんを尻目に

駆け落ちするは、男どもを手玉に取るはの小悪魔ぶり。

 

こいさんが、あまりにも自己ちうやさかい、

中姉さんは、人知れず泣かはった。

幸子はんは、えんえんえんえん、泣かはった。

 

もしかすると妙子はんの強心臓には、

谷崎選手なんかをカモにするような、

綺麗に見えて邪悪な血が、流れておったのかもしれへん。

 

案の定、こいさんは、流産しはった。

こいさんは、バーテンダーのその男と、一緒にならはった。

にあんちゃんの婿はんの貞之助はんが、あんじょうやってくれはったんや。

 

しゃあけんど、そのあとこいさんは、

二人して、幸福にならはったんやろうか?

どうもそうは思えんのや。

 

こいさんは、またぞろ男をひっかけて、

その男も、こいさん自身も

またぞろ酷い目に遭うんやないやろか。

 

それからこいさんの上の嬢はんの雪子はん。

悪い噂の所為もあって、何度も何度も縁談に失敗してきた無口な雪子はん。

今度こそハッピーエンドになってほしいんやけど、

 

そううまく、問屋が卸すやろか。

全三巻の「細雪」を、パタンと閉じてしもうてからも、

どうもそうは思えんのや。

 

「下痢はとう~その日も止まらず、汽車に乗ってからもまだ續いてゐた」

この文豪、谷崎潤一郎はんの超大作は、

そんなあまりにも尾籠な言葉で、突然幕を閉じてしまいよる。

 

雪子はんは、下痢してはる。雪子はんは、下痢してはる。

雪子嬢はんの下痢は、止まるやろか。

東京の晴れの結婚式までに、止まるんやろか。

 

どうもそうは思えんのや。

気の毒なことに、可哀想なことに、

雪姉(きあん)ちゃんは、あれからずっと下痢してた。

 

1941年4月27日の朝、汽車が東京に着いてからも、

晴れの結婚式が終わってからも、新婚旅行が終ってからも、

何年も、何十年間も下痢をしていた。

 

雪子はんの悲劇は、日本という国の悲劇と重なって

昭和一六年春にこの物語が終ってからも、まだまだ続き、

七四年後の今日までも、延々と続いとるんや。

 

ああ、極東の暗くて寒い国ニッポンよ。

雪子はんの下痢が、果てしなく続くように、

お前の前庭には、いつも不吉な断片が降り注いでいる。

 

黒くて細かな雪は、

あんたらの目には、見えへんやろれど、

ひらひら、はらはら、降り続けとるんや。

 

いまは真夏の八月やけど、

確かに今も、降り続けとるんや。

ひらひら、はらはら、降り続けとるんや。

 

 

  コンクリートの森戸橋に幣下がり神社の祭り近付きにけり 蝶人