蝶人戯画録

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新潮日本古典集成「竹取物語」を読んで

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照る日曇る日第818回 

 

 

 あの有名な竹取物語であるが、ちゃんと読んだのは初めてだったが、よく出来た小説だなあ、といたく感嘆しました。

 

 竹取の翁が竹筒の中で蛍のように輝くかぐや姫を発見するところ、蝶よ花よと愛され、だんだん大きく可愛らしくなっていくところ。5人の求婚者がやって来て5つの難題を与えられ、それぞれに苦労するところ。帝までが手元に置こうとするが頑に拒否するところ。そしてようやくかぐや姫の身分が明らかにされ、後ろ髪を引かれるような思いで月の世界へと帰っていくところ。

 

 どこをとっても興味深いお話が、いささかの遅滞や弛緩なく次々に繰り広げられ、読む者を夢のような気持ちにさせながら大団円の富士山へとなだれ込み、かぐや姫が帝への土産に残した「今はとて天の羽衣着るおりぞ君をあはれと思ひいでける」という歌を記した手紙と不老不死の薬を焼いた煙が私たちの目にくっきりと映じます。

 

 そしてこの短いけれど、素晴らしく良く出来たこの物語が、「その山を、富士の山とは名づけける。その煙、いまだ雲の中へ立ち昇るとぞ、言ひ伝へたる。」という印象的なフレーズで結ばれる時、かの紫式部が、この小説を「物語の出で来はじめの祖」と呼んで尊崇した本当の意味が、しみじみと伝わってくるのです。

 

 解説を読むと「竹取物語」の「求婚難題譚」とそっくりの話が最近チベットの昔の民話から発掘されたとして、ご丁寧にもその日本語訳や「竹取物語」のプロットとのこと細かな異同まで一覧表にしてありましたが、恐らく竹取の「羽衣説話」にしても世界のさまざまな地方の昔からの伝承が海や陸地を経由して、この極東の小さな島国に流れ着いたのでしょう。

 

 それらの素材の拠って来たる所以を明らめるのが、古典学者の仕事なのでしょうが、そういう知的な学問的探求とはまったく無縁な地点で、この小説の作家は「竹取物語」という未聞の芸術、奇跡の書物を創造したのでしょう。

 

 

  なにゆえに夜ともなれば星を見上げるわれらみな太陽から生まれた星の子なるを 蝶人