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蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

岡井隆著「暮れてゆくバッハ」を読んで

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照る日曇る日第823回

 

 病気や手術をされたときいていたので大丈夫なにかなと案じていたのだが、いきなり

 

   天に向き直立をするぼくの樹よお休みなさいな 夜が来てゐる

 

 などという元気な声が聞こえてきたので、驚くやらびっくりするやら、(同じことか)。

 

 それにしても「暮れてゆくバッハ」とはいいタイトルだなあと感じ入っていたのだが、これは輯中の、

 

 ヨハン・セバスチャン・バッハの小川暮れゆきて水の響きの高まるころだ

 

 

 を読んだ書肆侃侃房の発行人田島安江さんがつけたというのだが、この人ただ者ではありませんな。

 

 それはともかくこの本には著者の鼠径ヘルニア手術の経緯やら、

 

 小さくても手術の前は不安です それをあなたはなだめてくれた

 

 退院した翌日に逝った松本健一への挽歌や、

 

 いづれにせよあなたは永遠に去つたのだ 春花の傍にぼくは生きてる

 

 木下杢太郎の「百花譜」を真似たという著者の手書きの花と葉と実の水彩画のスケッチが挿入されていて、そこに添えられたやはり手描きの短歌やメモが賛のような微妙な付け合わせになっていて、型破りで楽しい。

 

 著者はこれまでも短歌や俳句や詩を並べた書物をつくっていたが、今度はそこに味のある絵が加わり、ますます自由闊達融通無碍でさながら現代の仙人のごとき自在の境地を深めているようだ。

 

 

   いかにして二十尺の糸を張り渡す私が蜘蛛でも出来るだろうか 蝶人