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蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

高橋源一郎選手独演会

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「鎌倉ちょっと不思議な物語」第357回&バガテル-そんな私のここだけの話op.214

 

 

 秋日和の昨日は、商工会議所で鎌倉文学館開館30周年記念の「鎌倉文士前夜とその時代」という講演会があり、高橋源一郎、館長の富岡幸一郎両氏の対談があった。

 

 富岡と云う人はてんで知らないが、私は処女作「さようなら、ギャングたち」以来の源ちゃんのファンなので楽しみしていたのだが、源ちゃん、定刻になっても現われない。

 

 会場を間違えたそうでおよそ10分間の遅刻であったが、対談は完全に源ちゃんのペースで、演題のテーマからは明後日、しあさっての方角へどんどんずれてゆくのだが、そのはちゃめちゃなずれが、ほとんど晩年の小林秀雄の講演さながらの見事な落語になっていて、成程新旧鎌倉文士の要諦は座談の御笑いの洗練された芸にあるのかと笑い転げつつも唸らされた。

 

 源ちゃんは現在64歳であるが、これまで5回結婚していて、およそ50回引越ししたので、作家業より不動産の目利きであると自慢していた。彼は現在妙本寺の森の中にある素敵な隠れ家に住んでいるが、以前鎌倉にいたときはロシア文学者の神西清の旧邸に居住していて、この家は扉を開いた瞬間に、「この家に決めた!」と声が出るほど素晴らしい家だったらしい。

 

 彼は鎌倉とは不思議な縁で結ばれていて、大学時代の寮は鎌倉にあったし、70年代の10年間は当地の斎藤建設の土方をやっていたので、鎌倉中の下水道工事は自分が手がけたと自慢していた。

 

 いわゆる鎌倉文士が酒を喰らっている間に、地べたを這いつくばって働き、別れた最初の奥さんへの慰謝料、養育費を払っていたわけで、ここに源ちゃんの原点があるのだろう。

 

 文学については「自分は過去の文学を全部破壊してやるという意気込みで取りかかったが、おじが戦争で死んだルソン島へ行って戦争のことなどをつらつら思いみると、あにはからんや過去の文学のしんがりに連なっていると痛感する」

 

「これからは老人の時代だ。文学は時間の藝術だから年季の入った老人の新人が登場するのではないか」

 

「他の藝術は無理だろうが、文学だけは認知症になっても大丈夫。武者小路実篤小島信夫庄野潤三の最晩年の名品を見よ」

 

 等々の気炎があがり、最後は海あり山ありの鎌倉は永住の地としては最高だ。万歳万歳と地元賛歌のお手盛りシャンシャン音頭で楽しく幕を閉じたのでありましたあ。

 

 

 10年かけてゆるゆるとこの国の農業牧畜業を壊滅させるTTP 蝶人