蝶人戯画録

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鎌倉国宝館で「鎌倉震災史」展をみて

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茫洋物見遊山記第191回&「鎌倉ちょっと不思議な物語」第358回

 

 いつも仏像や御雛様の展示をしている国宝館が異色の展覧会を来る12月6日まで開催しています。題して「鎌倉震災史」。歴史地震と大正関東地震という副題がつけれれているとおり、当地における有史以来の地震津波や地割れ、建築物倒壊、死傷や人身事故の赤裸々な実態を歴史文書と絵巻物、写真などで明らかにしています。

 

 「吾妻鏡」を読んでいると驚くのは鎌倉の地に夥しい天変地異が起こっていることで、その中には8回の地震津波情報の他に、化物や精霊、怨霊、妖怪のたぐいの出現と併せて天文の異常を伝える記述も多く、そのたびに幕府はパニックになって例の博士に占わせています。

 

  例えば寛喜2(1230)年には、大規模な震災と山崩れ、液状化現象が、わが家の近所で発生しました。

 

 三代将軍実朝が父頼朝を偲んで1212年に建立した大慈寺(現在はカトリック修道院が建っている)の七堂伽藍は、裏山の阿弥陀山の大崩壊によって次々に倒壊し、滑川をはさんだ広大な敷地は、激震と液状化現象によって甚大な被害を蒙ったと「吾妻鏡」にも記されています。

 

 その後も鎌倉は建長5(1253)年6月の大地震、正嘉元(1257)年8月23日の山崩れ、地割れ、湧水、後代に入ると1703年の元禄地震、1923(年の関東大震災など先日の東日本大震災に匹敵するほどの災害を経験しているのです。

 

 

 「天災は忘れたころにやってくる」と申します。ことし寛喜大震災から785年、関東大震災からは92年を迎える鎌倉が、またしてもの大震災に見舞われる日は、それほど遠くないでしょう。

 

 

   鎌倉がくたばる前に私をくたばらせてよ神よ仏よ 蝶人