蝶人戯画録

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谷崎潤一郎著「谷崎潤一郎全集第17巻」を読んで

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照る日曇る日第828回

 

 

この巻に収められたのは「蘆刈」、「春琴抄」、「陰翳礼讃」を含めた「摂陽随筆」、単行本未収録の「夏菊」他計2編などであるが、なんといっても「蘆刈」が圧倒的に素晴らしい。

 

著者自身を思わせる主人公が、ある日ふと思いついて、後鳥羽上皇ゆかりの水無瀬離宮に散策に出かけるところからはじまる短編小説であるが、主人公が宵闇迫る巨椋池に月見に行こうと淀川の中州に向かう渡し船に乗った途端、物語は現代を遊離して遠い昔の夢幻能の世界に彷徨いはじめる。

 

そして私たちは月の下で邂逅した一人の男のモノローグを聴きながら、池の向こうに管弦の響きを実際に耳にし、絶世の美女「お遊さん」の蘭たけた姿態をこの目で眺め、彼女と彼女に恋した男の切ない恋の物語に、心ゆくまでひたることができるのである。

 

名作の誉れ高い「「春琴抄」も、日本人の歴史的美意識に鋭くメスを入れた「陰翳礼讃」も「蘆刈」の超絶技巧にくらぶれば、一籌を輸すといわざるをえないだろう。

 

ただ「陰翳礼讃」の中で、著者が、昔日の暗い光の中で演じる能役者の金銀刺繍、濃い緑や柿色の素襖、水干、狩衣、白い小袖のいで立ちが日本人特有の赤みかかった褐色の肌や唇の色によく似合い、能役者が美少年の場合は女を遥かに凌駕する蠱惑の対象になったと説き、よってもって昔の大名が寵童の容色に溺れたと断じるくだりには、まことに説得力があった。

 

 

いつの間にか僕の背中に少年が立つほんにお前はリトル・インディアン 蝶人