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蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

国立劇場で通し狂言「神霊矢口渡」をみて

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茫洋物見遊山記第193回

 

 

あまりに書斎に座ったきりでは心身が腐ってしまうと危惧して寒さと雨を冒して半蔵門まで辿りつき、平賀源内作の「神霊矢口渡」全4幕を見物してきました。

 

近年では大詰めの「頓兵衛住屋」がよく単独で上演されるそうですが、今回は序幕の「東海道焼餅坂の場」、2幕目の「由良兵衛之助邸の場」、3幕目の「生麦村道念庵室の場」と併せてほぼ100年振りに4幕通しで上演されました。

 

3幕目では、中村吉右衛門演ずる由良兵衛之助が、足利尊氏に降伏したとみせかけて、主君の新田御家復興をもくろみ、尊氏の部下の目の前で自分の子や忠臣を斬って捨てますが、こういう愁嘆場は歌舞伎ではよくある話なのでさしたる感銘を受けませんでした。

 

物語のクライマックスである4幕目の「頓兵衛住屋」では、かつて新田義貞の子、義興を謀殺した悪役の渡し守頓兵衛(中村歌六吉右衛門を凌ぐ存在感を発揮)が、義興の弟義岑をも矢口の渡しで葬り去ろうとしますが、絶体絶命のピンチを救いに登場したのはなんと死んだはずの義興の亡霊。

 

これがモーツアルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」に出てくる騎士長の亡霊そっくりなのでびっくりしました。

 

そして舞台下手の頓兵衛の娘がいる住屋、琳派風の波に浮かぶ義興の亡霊、頓兵衛が乗った船の3つの要素が、鮮やかなトライアングルを構成していて、とてもダイナミックな美術装置の妙を見せていました。

 

義興がひょうと放った矢がいつの間にどう消えて頓兵衛の首を射ぬいたのかよく気をつけて見ていたのですが、その早業のトリックが見抜けなかったのはわたくしの眼がすでに節穴と化しているからなのでしょう。歳はとりたくないものです。

 

役者は中村吉右衛門歌六のほかに又五郎歌昇、種之助、錦之助芝雀東蔵などが出演しているのですが、昔ながらの声音を作っているのは吉右衛門のみ。歌舞伎は隆盛と伝えられているようですが、はたして進歩しているのか退化しているのか、よく分からない今日この頃です。

 

 

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