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蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

夢は第2の人生である 第29回 

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西暦2015年卯月蝶人酔生夢死幾百夜

 

 

前線で戦う兵士たちは全員ワイヤレススピーカーを装着していたので、強力な敵軍に遭遇して奮闘苦戦する現場の状況が、ここ司令塔でも手に取るように分かったが、彼らはけっして「天皇陛下万歳」とか「お母さん!」とか無駄な言葉は口にせず、次々に無言で玉砕していった。4/1

 

カーマイケル氏は、日本軍占領下の南洋諸島で諜報活動に従事していたそうだが、それがいかに危険で困難を極めた命懸けの業務であったかについて、我が軍に捕えられてからも縷々語り続けるのであった。4/2

 

久しぶりに展覧会に行ったら、畳10帖敷きくらいの大きさの絵が会場狭しとぶら下がっていたが、不思議なことに私らは、その絵を貫いて歩くことができた。聞けば画用紙に描かれた原画を、最新の4D技術を用いてプロジェクターで投影しているという。4/3

 

奇妙な人形が現れでたので、そいつをクリックすると「4年間だうもありがたう」と言いながら、深々とお辞儀をして消え去った。4/4

 

夕方になったが、まだ試合は続いた。12回裏2死満塁。すっかり日が落ち、暗くなった球場で私が放ったライナーは、左翼手のグラブを掠めてなおも空高く舞いあがり、やがて見えなくなった。4/5

 

W氏にぱったり出くわした。この人は、日本一の広告会社に勤務していたとき、クライアントの営業を担当していたが、なにか不祥事を起こして首になり、傘下の小さな会社に飛ばされたはずだが、ちょっと挨拶しただけで、逃げるように去って行った。4/6

 

当社のキャンペーン「ライフ・イズ・ビューチフル」が、世界各国のみならず国連の年間共同キャンペンとして採用された、という速報を知った私は、早速社長に報告しようと社内を探し回ったのだが、「1か月前から行方不明になっている」と専務が言うので、唖然としてしまった。4/7

 

すでに私を含めて2人のカンフーが雇われていたが、ステージ全体がおよそ30mもあり、演者1人が3.5mを動くとすれば、少なくともあと6人の少林寺拳法の名手が必要だった。4/8

 

私たちは平君の案内で、泉佐野の辺りをのんびり歩いていたのだが、突然、平君が「われ何処に行かん!」と叫んで、大阪支店に向かっていっさんに走り去ってしまったので、クマゼミたちが大声で鳴き喚いた。

 

それから路に迷ってしまった私たちは、ようやく大阪平野を見渡す峠への獣道を発見して小躍りしたのだが、麓へ下ってゆく路のいたるところに、夥しい黄金いろの雲古がてんこ盛りになっているので、それらを踏まずに歩くのはとても難しかった。4/9

 

やがて私たちは小汚い大学に辿りついたが、その大学に勤務していたさる外国人非常勤講師は、「おいらはそんな就活指導なんか絶対にやんないぞ。そんなギャラなんかもらってないもんね」と、不平たらたらでキャンパスをのし歩いていた。4/9

 

異常な金融緩和政策ゆえに、銀行ではどんどん金を貸してくれるのだが、ベンチャービジネスに対しては、例外なく渋い顔をするので、IT企業の若手経営者たちは、美貌で知られているネット銀行の女性CEOに多額の貢物をして、数千万円の融資を受けていた。4/10

 

彼らは情報交換と称して、その美人CEOが経営し支配人も兼任している銀座の超高級クラブに、夜な夜な出入りをしていた。その毎月の飲食費ときたら、借金の利子の数十倍に上っていたのだが、そんなことなど忘れたように、毎晩セッセセッセと通いつめていたのだった。4/10

 

私は水の中の映画館で、2本の映画をみた。1本は馬を殺す映画で、もう1本はありきたりのボーイ・ミーツ・ガール物だったが、スクリーンと座席の間に色とりどりのたくさんの魚が泳いでいるので、くわしい内容は最後まで分からなかった。4/11

 

松下表具屋の店先を覗き込むと、橋本画伯と表具師の間にいる青白い幽霊のような男が、2人の両肩に手を置いているのが見えたが、この謎の人物は、後ろにぶら下がっている橋本画伯の日本画の中から抜け出してきた若侍だった。4/11

 

火星社書店でエロ本の立ち読みをしていると、口の中がザワザワする。鏡の前で口を開いてよく調べてみると、大臼歯の詰め物が取れた痕から、1本の鮮やかな緑色の若葉が伸びていたので、私は口を大きく開けたまま暮らそうと決めた。4/11

 

どんどん記憶が失われてゆく。よほど困ったときには、庭に備え付けてある碾臼に頭を擦りつけながら、ごんごん碾いていると、いつの間にか忘れ去られていたわが親しき思い出が、ハラハラと踊り出てくるのであった。4/12

 

なぜか村の祭りの余興の審査委員長に指名された私が、12組の演目の中からかねて思いを寄せていた娘のひな踊りを最優秀賞に選ぶと、村人の大多数が異議を唱え、あまつさえ投石を始めたので、身の危険を感じた私は、娘の手を引いて海辺に走った。

 

渚にもやってあった小舟に飛び乗って海を漕ぎ出すと、村人たちも2艘の船で後を追ってくる。懸命に櫂を操ったが、さして遠くに行かないうちに追いつかれ、私たちは奇怪なお面を被った村人たちの櫂で散々打たれ、血まみれになって海に投げ出されてしまった。4/12

 

この野球チームには、1軍と2軍の間に「かみつき屋」と称される連中がいて、試合中も練習中もたえず真剣勝負を挑んでくるので、我われ1軍の選手も、一瞬たりとも息が抜けなかった。4/13

 

その港には、巨大な張りぼての女たちが三々五々憩うていた。その顔を良く見ると、目や鼻や眉毛はなく、その代わりにカスリーンとかジェーンとかキティとか女性の名前が両目の辺りに大書してあった。ここはなんと台風の基地だったのだ。4/14

 

彼女と遠距離恋愛をしていたのだが、交通費が莫迦にならないので超廉価の携帯を買うて、来てなんちゃらかんちゃら話していたら、「これから上京するのでそのまま繋ぎっぱなしにしておいてね」と彼女が言うてきた。4/15

 

その収容所では1日2回食事が給されたが、弱った病人や老人はそれさえ食べきれず、みんなが食堂から引き上げたあとも、毎回1人や2人は食卓にうつ伏せになったままの者がいた。彼らは、私たち料理人の手で迅速に処理された。4/16

 

俺が捕虜をわざと逃がしてやったことを、相棒はひどく気にしていたが、俺は「その責任は全部おいらが取るから、お前は心配するな」と何度も言い聞かせた。俺はすでに覚悟を決めていたのだ。4/17

 

あれから3年、今夜は故郷の町の温泉祭りだ。ムショから出たばかりの俺は、裾までからげた両脚を温水が流れる小川に浸しながら、3年前に俺をチクッて監獄に送った密告野郎がやってくるのを、今か今かと待ち構えていた。4/17

 

同窓会というものに初めて出かけてみたが、私が誰かも分からないようだし、出席者の名前を聞いても誰ひとり見分けることができないので、焦っているうちに彼らの顔がとろけ出して、まっしろけののっぺらぼうになってゆく。4/19

 

早朝、長身の若い娘がわが家のポストに何かを入れて立ち去ったので、2階から降りて調べてみると、写植の紙焼きでした。その日の午後、私が筋違橋の辺を歩いていると、その娘が桜映社という看板の写植屋で働いている姿が見えました。4/20

 

軽く助走してから、ホップ、ステップ、ジャンプの三段跳びをやってみた。すると私の体は、まるでツバメのように軽々と宙に浮き、しばらくは着地しなかったので焦ったが、いったいいつの間にこんな軽業を身につけたのか、と我ながら訝しく思った。4/21

 

脳の具合が悪くなって入院していた私は、治療のために良いとされるフルメタルジャケットを着せられたたまま、主治医の診察を受けるために、深夜の病院の廊下に並んでいたのだが、その長い長い列は、いつまで経っても縮まらないのだった。4/21

 

その病院では、だんだん水不足が深刻になってきたが、神明社の階段の下を歩いてきた者だけが、水道のコックを捻ると1杯の水が出ることが分かったので、この参道も、朝から真夜中まで押すな押すなの大行列だった。4/21

 

けれども、容態が悪化して身動きできなくなってしまった私が、山口君と茂原さんに頼んでコップ2杯の水を枕元に持ってきてもらった直後に、誰が神明社詣でをしても、もはや水道からは一滴の水も出なくなってしまった。4/21

 

今回の試験は、1平方キロもある広大な原っぱで行われることになった。原っぱのあちらこちらに置いてある回答箱の中に、氏名と番号を書いた問題用紙を入れるのだが、問題の数はあまりに多く、原っぱはあまりにも広大なので、私たちはたちまち汗まみれになってしまった。4/21

 

7万円のプレーヤーと10万円のアンプで、ジャズやクラシックのLPをかけて、会社の全部のフロアに大音量で流していると、いろいろ文句をいう奴が出て来たので、叩きのめしてやりました。ざまあみろってんだ。4/22

 

栗の木の林に入ると、大きなカブトムシがちょうど目の高さに止まっていたので、私はこれを耕くんに取らせようか、健ちゃんに取らせようか、それとも卓ちゃんに取らせようか、あるいは亮ちゃんに取らせようか、または陽子ちゃんに取らせようか、ひろくんに取らせようかと迷いに迷った。4/22

 

そこへ辿りつくためには、どうしてもこの急な坂を登りつめなければならないのだが、坂道のいたるところに、悪臭を放つ糞尿やら泥や雑多な塵が堆く積み重なっているので、私は蝸牛の歩幅ほども前進できない。4/23

 

「バブルの時に、僕のような者にもちょっとしたお金が入ったので、渋谷の坂の下の地下を走っている道を1本買って、「渋谷日不見」と名付けたんだけど、こないだ渋谷の地下街で迷子になったときに、そのことを思い出したんだ」

 

「んで渋谷も大規模再開発で繁盛しているようだから、この道をシブヤヒミズと改名して、僕の専門の音楽CDや、楽譜や、ふぁっちょんや雑貨や飲食などを精選した地下名品街をつくったらいいんじゃないかと思うんだけど、どうかしら?」と、坂本教授が聴きとり難い声で呟いた。4/24

 

四方八方から打ちだされるひょろひょろミサイルを、毛むくじゃらの両の腕を水車のように振り回しながら、ひとつのこらず叩き落としてやった。なにを隠そう、私はキングコングだ。4/24

 

どんな気に入らんことがあったのか知らんけーのお、女衆が家の司に刃向かって、全員で首を吊って死んでしまおうとしたらしかが、いざとなると、蛮勇の振るいどころがのうなってしもうたとみえて、けっく泣く泣く元の鞘に戻ったげな。4/26

 

誰かがすぐ傍で生々しい呼吸をしているので、ハッと飛び起きたら音が消えた。それはどうやら私の呼吸音だったようだ。4/27

 

夕方そろそろ雨戸を閉めようかと思っていたら、応接間のガラス戸が開かれていて、白い顔がこちらを覗いていたので驚いた。しばらくすると、その顔の持ち主は姿を消したが、どうやら長男と同じ障がいを持つ娘らしい。4/27

 

教授から中世の宗教曲「ハルレ・ミサ」曲の歌詞を朗読せよ、と命じられた私は、急いで自分のテキストや楽譜を調べたが、どこにもないので、隣の女子学生から借りた教科書を見ながら、らあらあラテン語を呟きはじめたら、教授が「もういい」と制止したけれど、大声で叫び続けた。4/27

 

この公団での私の仕事は、はっきりいってほとんどなかったので、私は朝9時に出勤すると直ちに自宅にとんぼ返りして、朝寝してから再び出勤し、公団の食堂でランチを食ってから、公園のベンチでたっぷり昼寝して、かっきり午後5時に帰路につくのであった。4/28

 

てんでお金がないものだから、私は第一詩集「赤と黒のサンバ」を自分のパソコンで編集・印刷して、道行く人に配ろうとしたが、通りすがりの一人のインディアン、もとい、赤黒い顔をした先住民だけが、恭しく一礼をして受け取ってくれた。4/29

 

巨大な体躯を誇るそのビッグピープルの内部には、無数の賢いリトルピープルが住んでいて、阿呆な大家が莫迦げたことを仕出かさないように、日夜監視しているのだった。4/29

 

しょんべんをしたくなったので、ある大学に忍び込んだら、古くて狭くて暗い教育学部であった。トイレが見つからなかったので1階に降りると、若々しい女子大生が嬌声をあげて戯れていたので、「もはや自分の青春は終わったのだ」と言い聞かせていると、「お前は胆汁質だな」という野太い声が聴こえた。4/30

 

 

  亡き父と同じ年まで生きたのでもう明日からは楽しき余生 蝶人