蝶人戯画録

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加藤典洋著「戦後入門」を読んで

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照る日曇る日第833回

 

 刻一刻と変遷する「戦後」像を最終的に定義しようとする著者渾身の力作である。

 

 これまでの著者の著述は、どちらかというと原理論の展開に論考の主力が注がれていた。輻輳する政治社会の問題点をそもそもの淵源に遡って独自の視点で鮮やかに再構成してみせる、というような書式が多かったが、今回は一味違うアップツーデートな時局対応を試みている。

 

 いまや「戦後」そのものをぶち壊そうとしている安倍政権の暴挙を、土俵際で巻き返すための、憲法第9条の改定を含めたアクチュアルな安全保障政策を提示し、新しい旗のもとに反独裁勢力の結集を呼び掛けているのである。

 

 再武装、日米同盟、軍事力重視の国家主義に反対する著者は、自らの政治的立場を、「国連中心主義による国際的平和主義」と規定し、戦後すぐに試みられた「世界唯一の軍事組織としての国連軍創設」と個別国家の核を含めた戦力放棄を、唯一無二の世界平和実現の方策として、憲法9条を持つ本邦が先陣切って推進しようと提唱している。

 

 具体的には憲法第9条の主文は据え置くものの、陸海軍戦力の保持と交戦権放棄をうたった2項の改定を唱えている。すなわち陸海軍戦力の一部は専守防衛の「国土防衛隊」(通常は内外の災害救助に従事)、残りは国連の平和維持活動等にのみ従事する「国連待機軍」(国連常備軍の先がけ)に投じる。つまり国の交戦権はすべて国連に移譲するのである。

 

 またどのような形態であろうとも非核3原則を守り、核兵器は使用せず、9条の主文に謳われた目的を達するために外国の軍隊、軍事基地・施設は許可しない、という付則も明記しようと提案している。

 

 いわば憲法第9条を堅持するだけではなく「左折強化」して、米国至上主義から国連第一主義に先祖がえりしつつ、世界平和、世界連邦を達成しようともくろむのであるが、その言うや良しとするも、個別国家の対立や宗教戦争の嵐にその土台そのものを根底から揺さぶられている今の国連に、果たしてそのような受け皿を設定できるのか、この提案の前途にはさまざまな困難が予測される。

 

   共産党昔は右翼と思いしがこの頃まともなことをいうなり 蝶人