蝶人戯画録

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ドナルド・キーン著作集第13巻「明治天皇〔中〕」を読んで

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照る日曇る日第840回

 

明治8年の「江華島事件と東奥巡幸」から明治28年の日清戦争の勝利までを、「明治天皇紀」をベースにしながら、内外の様々な文献を自在に引用しつつ、明治という時代の政治経済社会文明人間模様について極力冷静客観的な音吐によるキーン史観で物語っている。

 

特筆すべきは、そんな時代史でありながら筆致は無味乾燥に陥ることなく、天皇自身や皇后、宮中の側近、伊藤博文をはじめとする木戸、岩倉、三条、大久保、西郷、大隈、板垣、黒田、井上、陸奥、山県などの元維新活動家の活動が活写されていることで、天皇が時々政務に倦んだ折に最新の洋装で陸海軍の演習に嬉々として臨んだ昭憲皇太后のイメージは、さながら女帝推古のごとく鮮烈である。

 

当時の日本がどのようにして台湾を手に入れ、朝鮮を保護すると称して植民地化していったか、またその延長線上の「腰撓めの状態」でずるずると日清戦争に突入していったかは、この本を読めば手に取るように分かるが、思えば清国があれほど不用意に連戦連敗したことが、その後の日本の帝国主義的侵略の道を切り開いてしまったともいえよう。

 

けれども日清戦争における我が軍の旅順虐殺事件の暴虐ぶりは、その後の南京虐殺の先蹤ともいいうる戦慄すべきもので、個々には忠良な民草が、組織された暴力組織の指揮下では、野獣のごとき集団殺戮行為の先兵となるDNAに裏打ちされていることを雄弁に物語っている。

 

興味深いのは、あれほど屈辱的な治外法権の条約を改正を巡って国論が分裂したことで、陸奥は国是に反すると知りつつも外国人恐怖症におびえる衆議院の現行条約励行派と長年にわたって戦い続けなければならなかった。

 

真の国益とは何か、を断じることは、昔も今も難しいものである。

 

 

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