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蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

Les Petits Riens ~三十五年もひと昔

 

 

蝶人五風十雨録第9回「十二月三十日」の巻―そんな私のここだけの話 op.224

 

 

1981年12月30日 水曜 

妻は扁桃腺が腫れているがおせちづくりに忙しい。長男次男は少し風邪気味なり。

 

1982年12月30日 木曜 

妻、風邪で倒れる。

 

1983年12月30日 金曜 小雪降る 寒い

夜、家郷より電話あり。祖母悪し。妹悪し。

 

1984年12月30日 日曜 

家に居る。向かいの家より長男のピアノに対して苦情あり。妻憔悴す。直ちに戸塚の調音師を呼びて防音処置を施す。

 

1985年12月30日 月曜 はれ

家でごろごろ。こんなに暖かな晦日も珍しい。

 

1986年12月30日 火曜 はれ

依然として寝込む。本日VHSハイファイHQビデオ到着。サンヨー製13万5千円をヤマギワ藤田氏の斡旋にて7万六千五百円で現売してもらう。防衛費ついにGNPの1%を突破。

 

1987年12月30日 水曜 晴 暑

なにやら不気味な暖かさ。地震の予兆なるか。吉田拓郎の「アジアの片隅で」に感銘を覚える。今年みた映画は合計198本也。コロンビア本間氏の斡旋にてデンオンプレイヤーDCD1500、9万9千円を4万9千8百円にて購入。

 

1988年12月30日 金曜 晴 

亮ちゃんが正月は来れぬかわりに今日来てくれる。一緒に「不思議なおうち」まで散歩し、紅葉とシダを採取す。お正月の飾りなり。LDにてクライバーの「こうもり」鑑賞するも歯の具合悪し。長谷川法相リクルート献金で辞任す。

 

1989年12月30日 土曜 はれ あたたか

少し家事を手伝う。ムクと次男とで熊野神社まで散歩。長男は依然風邪気味で5キロもやせた。「ル・クール」2月号の原稿書く。今年は良くない年だった。

 

1990年12月30日 日曜 はれ 

妻は買い物。余はムクと散歩して昼寝してから「都市とファッション」についての依頼原稿を書く。

 

1991年12月30日 月曜 はれ 

大船で妻のイヤリング、カセット、靴下、安永さんへのお返しの鳩サブレーなど買い、バースデイケーキの予約をする。小説少し書く。第3部に入る。

 

1992年12月30日 水曜 はれ 

妻、長男と生協で買い物、大混雑。ワットマンにて長男のサンヨー製ラジカセ買う。1万8千900円也。熊楠の「十二支」、プラトンを読みすすむ。ムクと熊野神社まで散歩しているときに、NYのアルゴンキンホテルに最後のモヒカン族の亡霊が出るという小説のアイデアを得たが、ものにならず。

 

1993年12月30日 木曜 はれ 

風邪治り、床上げしたが腰骨を痛めたので妻の運転で逗子の整体外科へ行く。次男は同窓会、長男は驚くべきことに一人で横浜伊勢佐木町へ行って帰ってきた!

 

1994年12月30日 金曜 くもり 寒

妻、長男とイトーヨーカ堂へ行き、形状記憶シャツ4枚(4万9千円を2割引き)、1万4千円のコートを買う。長男と昼寝。Y嬢のカード来る。ムクと散歩がてら泉水橋の斎藤電機まで8百円の延長コードを買いに行く。次男は遊びに行ってまだ帰宅せず。

 

1995年12月30日 土曜 はれ 

少し風あり。午前ガラシ拭き。ムクと太刀洗いまで散歩。午後ムクの小屋の屋根を妻がラッカーで吹き付け。LDでプッチーニの「外套」をみて感動す。坂本さんのひろし君発作で大船駅にて倒れたり。「年取りてもしわれにこの悲劇ありせば、汝もっていかんとなす」と妻言いき。

 

1996年 12月30日 月曜 快晴

再びHMVにて6枚3千円のCD買う。残念ながら欲しかったベルクは売り切れなりき。妻と生協で買い物。ペルーの人質依然100名残れり。

 

1997年 12月30日 火曜 雨 寒

久しぶりに終日の雨也。早朝5時に次男帰宅。部屋は酒の匂い残れり。雨の合間に盲目のムクと太刀洗いへ散歩。トリュフォーの「日曜日が待ち遠しい」をみた。

 

1998年 12月30日 水曜 はれ

今日フトンを干すてふ天の香具山。ランボーの「エレガンス、サイエンス、バイオレンス」と昨夜見たL.ウオーレンなる黒人の夢に触発されて小説のコンテが出来た。

 

1999年 12月30日 木曜 曇

シーツが干されている。どうにも原稿が進まないのでいらだつ。家では妻と息子の余に対する評価は下落する一方なり。ユニオンでもち米と小豆、島森でアドレス帳買う。途次、滑川のほとりの桜が見事だった家が無惨に取り壊されていた。清川病院の隣で北条義時の住居跡が堀り出されているらしい。

 

2000年12月30日 土曜 くもり 寒

終日仕事部屋を掃除する。次男は仲間と養老の滝で忘年会で朝3時に帰り、10時から大木君宅でもちつき大会。入院中の森君は気の毒にもほとんど眼が見えないという。

 

2001年12月30日 日曜 はれたりくもったり 

PCソフトをすべて記録し、妻のPCに移す。これでOSの大掃除が可能になった。メールにて年賀の挨拶もできるだろう。

 

2002年12月30日 月曜 くもり 

今日も駅まで歩いたが、小町通りの藝林荘はやっていなかった。6万8千円の谷崎全集を買いたかったのだが。長谷の古書店で山田美妙の「大日本辞書」が出るかと尋ねたが出ないという。

 

2003年12月30日 火曜 晴

朝は妻長男義母と私の4人で生協で買い物。大賑わいなりき。午後は浄明寺の回天歯科にて神経を抜いたあとの手入れ。次回は来年の4日なり。次男は元旦に帰宅すると。

 

2004年12月30日 木曜 はれのちくもり 

文芸社リライト終了。スマトラ津波被害者10万人超すという。うち日本人18名。奈良で幼児殺害犯人が捕まる。¥清子さん都庁黒田氏と婚約。次男がキャシュカード、免許証入りの財布を落とす。ばかたり。

 

2005年12月30日 金曜 はれ時々くもり 

終日講義の準備。熊野神社から果樹園を廻って散歩する。長男依然として熱が出る。

 

2006年12月30日 土曜 はれ

昼前に親戚来たりて一緒に御餅つきの準備をする。イラクフセイン大統領の死刑が執行された。

 

2007年12月30日 日曜 晴 風強し

1階と2階を掃除する。妻は車を掃除する。次男は帰宅せずに制作に励むらし。

 

2008年12月30日 火曜 はれ

妻と一緒にはじめて車の掃除をする。長男が昼寝の後で熊野神社に散歩に行くと言ったが、もう遅いからとやめさせた。

 

2009年12月30日 水曜 くもり

妻は朝から買い物、ガソリン、メンテと大忙し。倒れないでくれえ。3時半に長男と熊野神社へ行く。

 

2010年12月30日 木曜 曇

正月の代わりに親戚の人たちが十二所にやって来る。

 

2011年12月30日 金曜 晴

お隣のひっこし。車が2台やって来てあらかた荷物を運んで行った。なかなかお洒落なサーファー夫妻だったから、突然の転居はち残念。小坪の海の近所へ越すという。家族4人で熊野神社まで散歩したが、妻は太刀洗までで引き返したり。

 

2012年12月30日 日曜 雨

3人で生協までお正月の買い物に行きました。日経歌壇で震災地からやってきた芝犬次郎の歌が年間20作中の第2席に入る。穂村弘氏の選なり。君はどんな目に遭ったのと尋ねてもただ手を舐めるだけ被災地からの犬 蝶人

 

2013年12月30日 月曜 はれ

妻だけが大掃除で大活躍。余はブログで大活躍。熊野神社散歩。

 

2014年12月30日 火曜 晴れたり曇ったり

夜、次男帰宅す。

 

2015年12月30日 水曜 おおむね晴れ

昨夜の八重樫vsメンドサ選手のライトフライ級タイトルマッチは、双方が死力を尽くして殴り合うという文字通り血湧き肉躍る感動的な試合だった。昨年の大晦日に苦杯を浴びた八重樫が、一年の荒行と雌伏の後に約束通りチャンピオンベルト妻に贈った時には、思わず涙が出たが、健闘空しく敗れた若き元チャンピオンが、八重樫の子供や妻君にも祝意を表す健気な姿にも真のスポーツマンシップの発露を見る思いで、波乱多き2015年の掉尾を飾るにふさわしい名勝負に心の中が洗われ、「さあ、俺っちも頑張るぞ」と思いを新たにしたことだった。

涙といえば、今年はさとう三千魚さんが主宰する「浜風文庫」で、鈴木志郎康さんや今井義行さん、長田典子さんの詩を読んでいる時に、思わず熱いものがこみ上げてくる瞬間があった。有名になったあの「詩のボクシング」ではないが、詩はボクシングではないだろうか。

詩人が世の無常や自分自身の影と無我夢中で闘い続ける、そのほとんど絶望的な永久運動そのものが人々を感動させるのではないだろうか。来年は私も心から心へとなにか熱いものが伝わるような詩を、一篇でも書いてみたいと思ったことであった。

 

 

         轟々と万物流転す極月尽 蝶人

 

  35年前の日記に出てくる私は今の私とは完全な別人 蝶人