蝶人戯画録

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岩波文庫版『石垣りん詩集』を読んで~これでも詩かよ第167番

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ある晴れた日に第361回&照る日曇る日第845回

 

 

詩集を贈呈された者は、けっして古本屋に売ってはならない。

贈呈した詩人が、回り回って手にすることがあるからだ。

のみならず、それが詩に書かれて、一生物笑いの種にされることもあるからだ。

 

岩波文庫版の『石垣りん詩集』のなかに、『へんなオルゴール』というへんな詩がある。

「歴程」夏のセミナーに出席した詩人が、見知らぬ紳士からサインを求められる。

それは『表札など』という彼女の代表作のひとつだった。

 

「サインせよ とはかたじけない」*と喜んだ詩人だったが、開いた扉に一枚の名刺。

見れば「丸山薫様 石垣りん」と自分の筆で書いてある。

敬愛する偉大な詩人に送った詩集が、古本屋に並んでいたというのである。

 

「ひとりの紳士が1冊の本をひらくと

 丸山薫さま 石垣りんです。

 と明るいうたがひびき出す。」*

 

「どうしてうらんだり かなしんだりいたしましょう。

 売って下さったのですか 無理もないと

 それゆえになお忘れ難くなった詩人よ。」*

 

などと無理やり陽気にふるまおうとするものの、

そのとき彼女のはらわたは、煮えくりかえっていたに違いない。

だからこの詩を書いたのだ。

 

東京品川の糞尿臭い十坪の借家に、祖父と父と義母と二人の弟と住み続け、

たった一人の女の二本の細腕で、六人の暮しを支え続けた石垣りんは、

毎日のように押し寄せてくる詩歌集を、ただの一冊も捨てなかったのだろう。

 

詩集を贈呈された者は、けっして古本屋に売ってはならない。

贈呈した詩人が、回り回って手にすることがあるからだ。

のみならず、それが詩に書かれて、一生物笑いの種にされることもあるからだ。

 

             *石垣りん『へんなオルゴール』より引用

 

 

 町内の知人の家に門ごとに皇帝ダリアを植えて逝きし老人 蝶人