蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

カトリック雪ノ下教会


鎌倉ちょっと不思議な物語71回

私の家はキリスト教の新教、いわゆるプロテスタントであった。幼い頃はまじめに日曜学校に通って、ルター以来のピューリタンでストイックな精神に多少の影響を受けたと思う。

そのピューリタンでストイックなところは教会の簡素な造作に現れており、やたら装飾的なカトリックと違って祭壇のしつらえが簡素である点を私なりに評価していた。カトリックの礼拝に出たことはないが、女性がヴェールをかぶったり、キリストの母親を聖母マリアと称してむやみに崇め奉ることに対する抵抗はいまでもある。

生母を聖母と聖別するのは勝手だが、私は処女だのに懐胎した妻に対する自他の疑惑や不審の念にじっと耐え、キリストの生誕を男らしく受け止めた父ヨセフのほうによっぽど共感でしたし、いまもそうである。

などと、結局は無神論者の私が、神をも恐れぬ暴言を吐いてしまったが、このカトリック雪ノ下教会は1958年(昭和33年)に「絶えざるお助けの聖母」を記念して建造された鎌倉最大の教会である。

そして聖堂外側正面の壁画は、この聖母のモザイク画をフューチャーしているのだが、この金色の装飾が私にはなぜかサラセン(イスラム)風に見えてしまうのであった。

この教会の突き当りの左側には、桃山・江戸初期の鎌倉の殉教者を悼む展示がある。いつか紹介する機会があるかもしれないが北鎌倉の光照寺時宗遊行寺派の寺であるが、山門の欄間には隠れキリシタンゆかりのクルス紋が掲げてある。

おそらくこの光照寺や極楽寺に潜んでいた初期基督者たちが摘発され極刑に処せられたのであろう。
私はこの恐ろしい拷問の図を眺めながら、到底信仰者にはなれないと改めて悟ったのであった。