蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

2006-12-01から1ヶ月間の記事一覧

2006年最後のメッセージ

ふあっちょん幻論 第4回 これからブランド・デザインやアパレル・ビジネスの世界に挑戦しようとする人にとって重要なのは「じぶんの志を持つ」ということではないでしょうか。というのは、世の中に存在する数多くのブランドが、定見にない数多くの人々が少…

Hの終わり

ふあっちょん幻論 第3回 時代はHからWに向かってゆるやかに推移し、歴史は大きな結節点を迎えようとしています。HOWを主題とする産業の代表選手は、たとえば電通や博報堂などの広告代理店です。彼らは政府・政党・自治体などに依頼されて、「絶対に負けな…

朝比奈峠往還

鎌倉ちょっと不思議な物語26回 今日も朝比奈峠を登る。心臓破りの丘では冠雪した富士山が、熊野神社の向うには東京湾が見えた。はるか彼方の風景は、過去の時間と接続していて、いつも遠い昔の記憶を呼び覚ます。20億光年の彼方にまたたく遠い星を眺めた夜…

ここに中世国立墓地があった

鎌倉ちょっと不思議な物語25回 昔シロツメクサ咲くこの野原で、耕君、健君、ムクたちと遊んだり、四つ葉のクローバーを探したものです。ところが数年前にくそったれ土建屋の手であほばかマンションが建つというので、例によって市の発掘調査が行われた結果、…

隠し砦の埋蔵金

鎌倉ちょっと不思議な物語24回 鎌倉時代の貴族や武将などのエリートが死ぬと、火葬されたあとで山麓の鎌倉石を切り開いた直方体の空間に葬られました。それが「矢倉(やぐら)」です。エリート以外の一般大衆はというと、たとえ死んでも狭い鎌倉でそんな贅沢…

「元禄忠臣蔵」千秋楽を観る

これは江戸時代の仮名手本忠臣蔵ではない。真山青果(尾崎紅葉の高弟、小栗風葉の弟子)が昭和に入ってから書いた近現代版の忠臣蔵である。(岩波文庫で全3冊です)歌舞伎の楽しさは、踊りと音楽とセリフの入ったお芝居(演劇)の三要素のアマルガムにある…

野にWHATを叫ぶ者

ふあっちょん幻論 第2回 今年90歳になる文化服装学院元学長の小池千枝さんが六本木ヒルズでファッションショーを開催されたそうです。小池さんは、今も昔もファッションとは世のため、人のために服を作ることであると考えておられます。小池さんなどの薫陶を…

銀座通りには峠の茶屋があった

鎌倉ちょっと不思議な物語23回 やっと今月最後の、そして今年最後の仕事が終ったぞお!メリークリスマス! そして、さよならディープインパクト!さて今日も耕君と登った朝比奈峠の頂上には、山腹の鎌倉石を切り取って作られた空間があります。鎌倉ちょっと…

あなたと私のアホリズム その3

♪ 眼には眼を、歌には歌を「バカの壁」の養老先生が、 「音楽家は言葉にできないことだけを音楽で語った。だから我々はその音楽について言葉で語っても仕方がない」 と、語っていた。 なるほど、それもそうだな、と思った私は、 モーツアルトの「レクイエム…

九本桜土俵入り

鎌倉ちょっと不思議な物語22回 太刀洗には、なぜか枝分かれした樹木が多い。これは根元から九つの枝に分岐した山桜で、春には白い小さな花弁をはらはらと散らせてくれる。この桜の下を2002年に死んだムクとよく散歩したものだ。 だんだん寒くなってくるけれ…

まがいの磨崖仏

鎌倉ちょっと不思議な物語21回 この磨崖仏のようなものは、朝比奈峠の頂上、鎌倉市と横浜市の境界線のすぐ傍にあります。磨崖仏ではなく磨崖仏のようなもの、と書いたのは、これは昭和30年代に横須賀市のあるおじいさんが、自分で勝手にここで刻んだものだか…

クリスマスとジェーン・バーキン

クリスマスが近づいてくると、私の家ではちょっと贅沢な飾りものを玄関につるす長年の習慣がある。これは1986年の初冬にフランスのジェーン・バーキンという女優さんが私の家族にプレゼントしてくれた。帝国ホテルに泊まっていた彼女が、お向かいの日比谷花…

ふあっちょん幻論 第1回

ファッションビジネスの混迷と停滞私はながらく日本のアパレルメーカーに勤務していましたが、残念ながら視野が狭くて、世界の中の日本ブランドという意識が欠落していました。社内でトップの売り上げを達成しようとか、国内でナンバーワンになろうとかは考…

♪魔弾の射手よ今いずこ

音楽千夜一夜 第4回 最近ウエバーWeber, Carl Maria von (1786-1826)の歌劇「魔弾の射手」をクライバー親子とマタチッチが指揮したCDで立て続けに聴きました。3人の中ではやはりエーリッヒ・クライバー&バイエルンオペラのものがもっとも優れた演奏だと…

鎌響の「第9」を聴く

音楽千夜一夜 第3回 ことしも年末恒例のベートーヴェンの第9番の交響曲を聴いてきました。演奏はもちろん贔屓の鎌倉交響楽団です。この演奏会場は10年ほど前に中西という自動車屋の市長が大船の旧松竹撮影所の傍に巨費を投じて作った気色悪い緑色に着色され…

2冊の本を読んだ

♪ 半藤一利著「荷風さんの戦後」浅草の荷風の行きつけの店。アリゾナキッチン(メトロ通り東)、尾張屋、浅草フジキッチン(雷門通り傍)、甘み所「梅園」(仲見世通り)、合羽橋どじょう「飯田屋」など。あとはつぶれた。荷風は死の床でフランス語の本を読…

あなたと私のアホリズム その2

♪ Wang,Wang! 後世の歴史家は、防衛庁が防衛省となり、教育基本法が衆院委員会を通過した日についてなんと記すだろうか? しかしそれよりも心配なのは、先日米国の科学者が出した「2040年に北極の氷の大半が溶けるだろう」という予測である。間違いなくこ…

冬の朝、瑞泉寺で歌う

鎌倉ちょっと不思議な物語20回 夢想国師が手塩にかけし瑞泉寺その庭園に降る紅き花花 光あればもみじはさらに輝かんもろびとこぞりて光待ちおり 紅葉の美しさはない美しい紅葉があるだけさと啖呵きりし人を嘲る紅葉 これやこの水戸黄門の御手植の天然記念物…

日々是好日

ともあれ、朝になったら、まずは起き上がることだ。起きたら、ちょっと動いてみることだ。 そして思い切っていきをして、まだぼんやりとでも生きているか自分の胸に問うてみることだ。君の目の前にピアノがあれば、黒鍵をひとつだけ叩いてみることだ。なにも…

雨よ降れ 草木国土悉皆成仏

鎌倉ちょっと不思議な物語19回 御成小学校の辺で雨になった。この道は古くは大江広元が公文所に通勤するために歩いた道、中世日本の行政センターに向かう道、新しくは明治天皇が夏の海水浴のために馬車で運ばれた道、緑豊かな邸宅が壊され、くだらないマンシ…

モーツアルトに想う

音楽千夜一夜 第2回 すぐる12月5日がモーツアルトの命日であったが、やはりシューベルトと共に惜しんでも余りある短すぎた人生だったと思う。モーツアルトは、次のような症状で死んだ。 連鎖状球菌性伝染病、シェーンライン・ヘノッホ症候群、腎不全、瀉血、…

あなたと私のアホリズム その1

あなたと私のアホリズム その1なんの己が桜かな。 60年代の終わりに構造改革派は「欲望拡大路線」という横断幕を掲げ、ブントや革協同中核派は「自己の実存のすべてをさらけだして全世界を獲得せよ」と叫んだ。80年代の終わりに、ブルータスのある編集者は、…

鎌倉のシェリーマン

鎌倉ちょっと不思議な物語18回 私は鎌倉に住んで足掛け30年になるが、最初はこの十二所神社のすぐ脇のアパートに住んでいた。アパートのうしろは横浜国立大付属小学校の畑で、畑のうしろも池のある広い畑になっていた。そして子供たちはその池のザリガニを…

太刀洗の血闘

鎌倉ちょっと不思議な物語17回曇り空の太刀洗を散歩していると、滑川の傍の電線で2羽の鳥がおしくらまんじゅうをしながらくちばしをつつきあっていた。それは大きなカラスとトンビだった。2羽とも大きいが、どちらかというとトンビの方が大きく強そうだっ…

アオサギとヘンゼルとグレーテル

鎌倉ちょっと不思議な物語16回 今日の午後、浄明寺郵便局に向かって道路の左端を歩いていると、イチョウサブレー製造所の入り口に大きなアオサギがいた。道路の傍を流れている滑川にはときどきシラサギやゴイサギが魚を狙っている姿を見かけるが、こんなに大…

筑波山のガマ

耕君が福田の里に短期入所してくれたおかげで、私たちは新婚旅行以来はじめて夫婦水入らずの旅行を楽しむことができた。最近開通したばかりの「つくばエクスプレス」に乗って、筑波山のホテルで一泊したのである。女体山直下のホテルからは夕方も朝も関東平…

勝手に東京建築観光・第3回

魔術師は虚空を見つめる〜電通本社ビル汐留にあるこの高層ビルは、わが国を代表する巨大な広告代理店、電通の本社である。電通はテレビ、雑誌、新聞、ラジオなどのマスメディアに食い込み、彼らの商材である媒体の販売代行を通じてその命運をひそかに握る。…

福田の里は夕焼けだった。

今日から耕君が大和市の福田の里で1週間ショートステイするので、家人の運転する車で送っていった。とても寂しい所であった。寂しい建物であった。今日は日曜日なので、中は重度の人ばかりがうろうろしていた。しかしこんな施設で働いている若者はえらい。…

音楽千夜一夜 第1回

よみがえる伝説のフォーク 昨夜のBS2でフォークを歌う奇妙なおじさんに出くわした。杉田二郎という人が、じつにへんてこりんな、しかしじつに無理のない発声で自在な歌を自由に歌うのである。北山修や加藤和彦、はしだのりひこは知っていたが、この人が70…

鎌倉霊園、そして夢。

鎌倉ちょっと不思議な物語15回 今朝はちちとおじさんが眠る霊園に、ははとつまの3人で出かけました。ここはかの悪名高き西武資本が近所の鎌倉逗子ハイランドに続いていくつもの大きな山をぶっ壊してお墓にしたのです。 頂上には総帥堤康二郎氏の壮大な墓地が…