蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

2007-09-01から1ヶ月間の記事一覧

柳美里の「山手線内回り」を読む

降っても照っても第58回私は、小説というジャンルの内容や形式の新しさなどはもはや出尽くした、と勝手に考えていたが、そうは問屋が卸しはしなかった。まだまだ前人未到の領域が残されていることを著者は見事に証明して見せたのである。まず「山手線内回り…

寂しい異端派

♪音楽千夜一夜第27回いまどきの人は誰も読んでいないだろうが、音楽之友社という出版社から「レコード芸術」というクラシック趣味のマニアックな雑誌が出ている。私は吉田秀和氏のエッセイが連載されているので毎号必ず目を通しているのだが、巻頭の目玉記事…

コーリン・デイビス80歳

♪音楽千夜一夜第26回&遥かな昔、遠い所で第20回今日もロンドンで放送しているBBC3のライブをポッドキャスティングで聞いている。コーリン・デイビスが80歳になったのでそれを記念したライブやこれまでの演奏を紹介しているのである。白髪のコーリンがフィガ…

吉本隆明著「自著を語る」を読む

降っても照っても第57回吉本の人間と思想から決定的な影響を受けて雑誌「ロッキング・オン」を創刊したロック評論家渋谷陽一による吉本へのインタビュー本である。渋谷陽一のロック評に私はかつて一度も裏切られたことがないが、渋谷はここでも著者に対する…

小池昌代著「タタド」を読む

降っても照っても第56回今日の朝日新聞によれば、文芸誌の書き手が既存の専業作家から演劇畑などの異業種に拡大されつつあるそうだが、国会議員にお笑いタレントや格闘技選手が進出しているご時勢なのだからこれは遅きに失した当然の成り行きだろう。才能の…

五木寛之著「21世紀仏教への旅ブータン編」を読む

降っても照っても第55回2500年前にインドで起こった仏教は、中国や朝鮮半島を経由して日本に渡り、インドでヒンズー教と習合した後期大乗仏教が、チベットに入って土着のボン教と習合してチベット密教となり、それがブータンに入ってブータン仏教徒となった…

村上春樹編著「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」を読む

降っても照っても第54回著者が偏愛するスコット・フィッツジェラルドの短編、エッセイ、故地探訪記、そしてスコット・フィッツジェラルドを助けた「エスクアイア」編集者によるアーネスト・ヘミングウエイとスコット・フィッツジェラルドのエッセイを付け加…

G・ガルシア・マルケス著「悪い時」を読む

降っても照っても第53回表題作のほかに「大佐に手紙は来ない」「火曜日の昼寝」「最近のある日」「この村に泥棒はいない」などの短編を9本収録した作品集である。 前作の「落葉」は著者の生まれ故郷のアラカルタをモデルにしたマコンドの物語であったが、本…

叱られて今日はどこまでゆくのでしょう

♪ある晴れた日にその13&鎌倉ちょっと不思議な物語79回 年々蛇も少なくなる。ここ太刀洗はヤマカガシがうようよしていて、私が大切にしているオタマジャクシを食べてしまう。「ダメダメ」と追い払っているうちに秋が来るのが常だったが、今年はそんな必要も…

クワガタの指に食い入る痛さかな

♪ある晴れた日に その12一昨日の朝は私が、そして昨日の朝は家内が、玄関先の同じ場所で小さなクワガタに親指の肉を噛まれた。仰向けになって必死でもがいているので、可哀相だから起してやろうと掴んだところを、クワガタの両手で深々と挟まれた。しかも私…

原聖著「ケルトの水脈」を読む

降っても照っても第52回講談社の「興亡の世界史」第7巻が本書である。80年代に入ってアイルランドのリバーダンスやエンヤの癒し?音楽など、いわゆるケルトブームが世界中で巻き起こったが、そのケルトとは何かをあれこれぐちゃぐちゃ論じている。しかしケル…

エットレ・スコーラの『星降る夜のリストランテ』を観る

降っても照っても第51回 この映画は『特別な一日』や『ル・バル』や『マカロニ』のエットレ・スコーラ監督の作品だから、少し乱暴だけれども、あら筋がどうだこうだと書くのはいっさいやめよう。108分間、黙ってみていれば十二分に楽しませてくれる。原題…

映画『こころの湯』を観る

降っても照っても第50回いっけん平凡で退屈そのものの日常生活の中にも、ある日突然ひとつの「映像」がやって来る。そして、ああ、人生はいいなあ、まだまだ世の中も捨てたものではないなあ。と私たちに切実な印象を残して、その「映像」はいずこかへ飛び立…

御成通りに幻の「滝乃湯」を訪ねる

鎌倉ちょっと不思議な物語78回&遥かな昔、遠い所で第20回 00年1月に失職した私は、やむなく筆一本の売文稼業で身を立てようと雑誌社に売り込みをかけ、奮闘努力の結果ようやく名門K社の団塊世代対象の新雑誌の新米ライターとして初めての取材原稿を書くこと…

御成り通りのおもちゃやさん

鎌倉ちょっと不思議な物語77回鎌倉裏駅「御成り通り」の海側の端っこにある「くろぬま」こそ、この商店街のご本尊であろう。昔は和洋の紙屋であったが、その後袋物を扱い(現在も各種ビニール袋がずらりと並べてある)、それからおもちゃ屋さんに転身した鎌…

ドナルド・キーン著「私と20世紀のクロニクル」を読む

降っても照っても第50回「日本文学の歴史」全18巻、「明治天皇」、「足利義政」そして「渡辺崋山」。いずれも素晴らしく読み応えのある書物であったが、その著者による自叙伝が本書である。この人は幼い時に妹が亡くなり、両親が離婚するという悲運に見舞わ…

四方田犬彦著「先生とわたし」を読む

降っても照っても第49回著者の生涯の師、由良君美への追悼の思いにあふれた1冊である。由良は知る人ぞ知る博識の英文学者であったが、文芸、哲学、美術などの隣接諸学を広く深く渉猟し、狭いアカデミズムのたこつぼに閉じこもらず、目を古今東西の遠近に放っ…

鎌倉聖ミカエル教会を訪ねて

鎌倉ちょっと不思議な物語76回横須賀線が北鎌倉のトンネルを抜けた瞬間に空気が少しひんやりする。しばらくして鎌倉駅のプラットフォームに降り立つと、潮の匂いが微かに鼻腔を衝く。そしてこれが鎌倉という田舎町に住むことの最高の贅沢なのである。しかし…

アクオス小百合よ ゴッホの話はやめてけれ

♪バガテルop27「解剖台の上でミシンとこうもり傘が出会ったように美しい」(ロートレアモン「マルドロールの歌」という言葉は、広告制作の本質を捉えている。広告の作法とは、無関係なもの同士を同一平面状に並べて、それらが思いがけない異化作用を引き起こ…

朝顔のうた

♪ある晴れた日に その11天青のなかに 海と 空がある

♪バガテルop26

どうしても 好きになれない 人がいる

コリン・マッケーブ著「ゴダール伝」を読む

降っても照っても第49回映像の天才詩人、ジャン・リュック・ゴダールに関する包括的な評伝が初めて刊行された。私はむかしからヌーヴェルバーグの作家や作品は嫌いではなく、特にゴダールとは1985年にテレビCMを2本作ってもらうために彼がいまも住んでいる…

昔の光、いまもなお。古我邸&庭園を歩く

鎌倉ちょっと不思議な物語75回鎌倉文学館(旧前田邸)、華頂宮邸(旧宮家)とならぶ鎌倉3大洋館のひとつが、この古我邸&庭園(旧荘清次郎邸・非公開)である。大正五年、夏目漱石が亡くなった年に、かつて恐らくは智岸寺という廃寺があったと想定される場所…

嵐の夜に

鎌倉ちょっと不思議な物語74回&遥かな昔、遠い所で第20回台風一過、もうミンミンゼミが鳴いている。今から10数年前のこんな嵐の夜に、朝比奈切通しの坂道の途中にあるお地蔵様が鎌倉時代から安置されていた岩の下の台座から転げ落ちてしまった。翌朝私と家…

犬も歩けば「鎌倉史蹟指導標」

鎌倉ちょっと不思議な物語73回 鎌倉を歩くと市内のあちこちに大きな石造りの案内標が建っている。こんなに大きく頑丈で立派な表示物は日本全国、いや世界中どこにもないだろう。文化と歴史と時代の風格を漂わせるこの立派な表示は、正式には「史蹟指導標」と…

海野弘著「20世紀」を読む

降っても照っても第48回20世紀の100年間を10年ずつのディケイドに分かち、そのディケイドから20くらいの出来事や傾向を選んで自在に物語ることによってその年代の全体的な特徴をつかみだそうとする気宇壮大、骨太の現代史が本書である。たとえば1…

ある丹波の老人の話(50)最終回

こうして幌付きの人力車に乗っているうちになんとかなるだろう、と思っておりましたが、そのうちに車夫がこの得体の知れない日本人をもてあまして「降りろ」と要求しはじめました。私は財布からお金をつまみだして、「コレだけやるからもっと乗せろ」という…

網野善彦著作集第10巻「海民の社会」を読む

降っても照っても第47回&鎌倉ちょっと不思議な物語72回 百姓という言葉は農民を意味せず、農民、海民、工人など多種多様な職能に従事する公民をを意味する、というのが著者の創見であったが、本巻ではその海民についての論文がたくさん収められている。中世…

君は“空飛ぶチンポコ”を見たか?

シアターΧ・プロデュース公演 サラ・ケイン作「フェイドラの恋」を観る降っても照っても第46回 連日連夜の熱帯夜の眠れない夜の明け方に、私は眼裏に右から左に飛翔する面妖なものを見たような気がした。寝ぼけ眼で今度は左から右へと飛び去るそいつをよーく…

07年8月亡羊歌集

♪ある晴れた日に その10交わりのその頂きで轢死せるミンミン蝉を蟻共喰らう麦藁帽脱ぎて初めて挨拶すそっぽ向きおりし住職とわれ夏空の奥の奥まで舞い上がる雌雄の蝶の行方知らずもわが下肢の股の隙より洩れ出ずる悪しき臭いよ真夏の午後よ昼も夜もなめくじ…