蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

2011-03-01から1ヶ月間の記事一覧

西暦2011年弥生 茫洋狂歌三昧

♪ある晴れた日に 第87回 白き蛇緑の沃野を舐めつくす猛る蛇人も大地も喰い尽くすみちのくのうみべのむらをさまよいてちちよははよとよばわるひとありおおいなるよなとつなみにおそわれしわがはらからをたすけたまえみちのくのうみべのすなにうちふしてちち…

西村賢太著「苦役列車」を読んで

照る日曇る日 第419回このように己が中卒であり、人生の敗残者であり、あまつさえ父親が性犯罪者であることを小説の中で暴露したり、卑下しているようで自慢したりする文学者はとても面白いと思うけれども、友人としては絶対に付き合いたくない。芥川賞を…

桐野夏生著「ポリティコン」下巻を読んで

照る日曇る日 第418回 ポリティコンとはソクラテスのいう「政治的動物」のことらしい。どんな高邁な理想を掲げた共同体のなかにもいつのまにか忍びこむ、政治的な思惑や経済的利害の対立、愛と協働の美辞麗句とはうらはらに、共同体の基盤を揺さぶる人間同…

桐野夏生著「ポリティコン」上巻を読んで

照る日曇る日 第417回いつもながらこの作者は物語の設定がコンテンポラリーである。今回は庄内平野の奥の農村部に小説家羅我誠と彫刻家高浪素峰が創設した武者小路実篤の「新しき村」のようなコミューン「唯腕村」を舞台に、かつて高邁な理想を追った公共…

川西政明著「新・日本文壇史第4巻」を読んで

照る日曇る日 第416回本巻では小林多喜二、中野重治と妹鈴子、壷井繁治・栄夫妻、徳永直、日本共産党のスパイМ、野坂参三夫妻などのプロレタリア文学関連の挿話がこれでもか、これでもかと盛りだくさんに登場して読者を圧倒します。マルクス主義者による階…

吉田秀和著「永遠の故郷 夕映」を読んで

照る日曇る日 第420回本邦音楽界の巨星、吉田翁の遺著の最終巻が刊行された。ここではベートーヴェンとラベルがほんの少し取り上げられているほかは、すべてシューベルトの歌曲についての鑑賞と思い出が縷々語られており、一曲一曲に手書きされた楽譜と、…

「田村隆一全集第1巻」を読んで

照る日曇る日 第419回&♪ある晴れた日に 第86回 今年はじめて花粉症になってしまったので、目にはサングラス、鼻にはマスク、頭には帽子をかぶってハイランド坂上の西友で2個だけ並んでいた冷凍ブロッコリーを買い占めて家路に急いでいたら、舗道の右側に…

花村萬月著「百万遍流転旋転 下巻」を読んで

照る日曇る日 第418回最後の最後に、美しくて純情なヒロイン綾乃が東京に向かう深夜特急バスを降りて、主人公のあくたれ小僧惟朔に私はここであなたと別れます。大好きなあなたと別れて、私なしには生きていけない嫌いな男の元へ帰ります、と宣告するので…

花村萬月著「百万遍流転旋転 上巻」を読んで

照る日曇る日 第417回著者自身を思わせる東京生まれの未成年が、1973、4年の京都に滞在しながら、絶世の美女やら清純な高校生やら古本屋の人妻やら綾部出身の京大病院の看護婦やら、レスビアンの芸大生やらに寄ると触るとたちまち惚れられ、会うや否やた…

フロリアン・ドナースマルク監督の「善き人のためのソナタ」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.1131984年当時の東ドイツの恐怖と不自由の警察社会を赤裸々に描くヒューマンドラマです。東独の国家保安省という国民を監視する国家機関に勤務する一人のスパイが主人公で、反体制的と目された劇作家とその恋人の…

松井今朝子著「吉原十二月」を読んで

照る日曇る日 第415回 この本の主役は吉原を代表する廓の主人舞鶴屋庄右衛門。彼が少女時代に発掘し手塩にかけて磨いた二人の花魁に焦点をあてて、彼女たちの紆余曲折に富んだ華麗なる半生をあざやかに描いています。性格も容貌も対照的な主人公の生き方、…

レヴァイン、メト、ドミンゴの「シモン・ボッカネグラ」をみて

♪音楽千夜一夜 第183夜 これは昨年2月6日、メトロポリタン・オペラ公演のライブ録画です。なんといっても聴きどころはファルスタッフそっくりのジェームズ・レヴァインの指揮と、なんとバリトンで歌うプラシド・ドミンゴの歌唱でしょう。 前者については文…

梅原猛著「親鸞と世阿弥」を読んで

照る日曇る日 第414回標題による最新の論文をまとめて読めるのかと期待したが、そうではなく、著者が東京・中日新聞に連載中の「思うままに」という週1回のエッセイの2007年から10年8月分をまとめた本であった。親鸞も世阿弥も同じような内容の書物…

レイモンド・チャンドラー著「リトル・シスター」を読んで

照る日曇る日 第413回 これは村上春樹が翻訳したチャンドラー6番目の長編探偵小説で、以前は「かわいい女」という題名だった。 しかし読んでみると、この女性は容姿や所作にかわいいところが少しはあるものの、腹黒く、とんでもない食わせものであるから…

井上ひさし著「井上ひさし全芝居その七」を読んで

照る日曇る日 第412回この最終巻に収められたのは、「夢の裂け目」「夢の泪」「夢の痂(かさぶた)」、「水の手紙」「円生と志ん生」「「箱根強羅ホレル」「私は誰でしょう」「ロマンス」「少年口伝隊一九四五」「ムサシ」「組曲虐殺」という著者最晩年を…

マリオ・バルガス=リョサ著「世界終末戦争」を読んで

照る日曇る日 第411回19世紀末のブラジルの辺境の地で実際に起こった内乱を元にして、ペルーのノーベル賞作家が築き上げた魅惑的な形而上の世界です。そこでは希望と絶望、現実と幻想がないまぜになり、密林の内部で異常な増殖を遂げながら、仰ぎ見るよう…

ジョン・シュレシンジャー監督の「真夜中のカウボーイ」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.1121969年のアメリカでは、テキサスの田舎者がニューヨークのような大都会に出てきて、己の性的魅力というか男根陰茎動力だけで生活できるというドンキホーテ的な妄想がリアルに息づいていた。ともいえる。そういう思…

マーティン・スコセッシ監督の「ノーディレクション・ホーム」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.1111941年にミシガンの片田舎に生まれた音楽少年ロバート・アレン・ジマーマンが、いかにしてボブ・ディランという偉大なミュジシャンになりおおせたかを、マーティン・スコセッシがあくまでも音楽内容に則して悠…

カール・ドライヤー監督の「奇跡」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.110 母であり妻であり嫁であり一家の太陽のような役割を果たしていた女性が、3番目の子供(しかも待望されていた男児!)の出産に失敗して胎児もろとも死んでしまう。いよいよ棺に釘を打とうとしていたまさにその時、…

石牟礼道子著「苦海浄土」を読んで

照る日曇る日 第410回第一部「苦海浄土」、第二部「神々の村」、第三部「天の魚」を収録した池澤夏樹編の河出書房新社版で読みました。水俣湾はたった一度だけ鉄道で通過したことがありますが、それはまことにのどかな美しい海で、ここにチッソが有機水銀…

フリッツ・ラング監督の「メトロポリス」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.109全体の1/4が失われたフィルムを最新技術で補って完成させた2時間ヴァージョンで鑑賞しましたが、アールデコの尖ったデザインを基調にした各ショットの造形美がことのほか見事で、これは動く美術品のような作品です…

セルジオ・レオーネ監督の「荒野の用心棒」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.108黒沢の「用心棒」を無断で盗用したマカロニウエスタンの代表作です。ご存知クリント・イーストウッドが2つの悪人グループが対立するメキシコの寒村で桑畑三十郎ばりの大活躍をするというきめの粗い作りの映画でした…

ウォルター・ラング監督の「ショウほど素敵な商売はない」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.1071954年に映画王ザナックが総指揮をとって製作した聖林映画の記念碑的な名作。ドサ回りのボードビリアンのドナヒュー一家が、全篇唄って踊るミュージカル映画の傑作です。 テーマ音楽はあの「アレクサンダーズ・ラグ…

シドニー・ルメット監督の「オリエント急行殺人事件」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.107江戸時代の赤穂浪士の敵討に似た復讐は姿形こそ変えながら、平成の太平の御代にも以前として生きながらえている好個の例を、たとえばアガサ・クリスティ原作のこの映画のスピリッツの中にも認めることができよう。…

トマス・ピンチョン著「スロー・ラーナー」を読んで

照る日曇る日 第409回「緩い学び手」とはまるでわたしのことではないかと、本書を読む前に笑ってしまったが、読んでしまってから、これは作者の自嘲の言葉と分かった。彼はこの本の中で若き日の短編を6本並べて、自らが書き下した序文で、それらに不平た…

ルキノ・ヴィスコンティ監督の「若者のすべて」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.106 イタリアの南部の田舎から北部の都市ミラノへ上京してきた家族の若い男たちに降りかかる運命のいたずらを名匠がぐいぐいと描きに描きつくす人生映画の傑作です。 美しい売春婦役アニー・ジラルド。そして彼女に魅…

ヒッチコック監督の「引き裂かれたカーテン」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.105いつのまにやらあっという間に消失してしまった鉄のカーテンやら東ドイツという社会主義国を巨大な敵として対象化している1966年製の総天然色映画を、その45年後にどんな顔をして眺めれば宜しいのか、といえ…

ヒッチコック監督の「泥棒成金」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.1041955年のヒッチ作品で、ケーリー・グラントとグレース・ケリーが主演するサスペンス恋愛映画。作品の出来栄えは良くないけれど、ともかくエディス・ヘッドがスタイリストを務めた華やかなイヴィニングドレスな…

ヒッチコック監督の「マーニー」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.103 母と子の幼児体験が成人してからも大きな傷跡を残すことをヒッチが声を大にして映像で解き明かす力作。と言うてもけっしてフロイトなどの学説の紙芝居になっていないところに、この監督のずば抜けた力量を感じる。…

ヒッチコック監督の「鳥」をみて

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.1021963年製作のユニヴァーサル映画はいまなお奇妙に色鮮やかで、サンフランシスコ近郊のボデガ・ベイ一帯の海や空や土地を鮮烈に染め上げている。風光明媚なこのリゾート地に別荘を持つイケメンロッド・テイラー…