蝶人戯画録

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トマス・ピンチョン著「スロー・ラーナー」を読んで

照る日曇る日 第409回

「緩い学び手」とはまるでわたしのことではないかと、本書を読む前に笑ってしまったが、読んでしまってから、これは作者の自嘲の言葉と分かった。彼はこの本の中で若き日の短編を6本並べて、自らが書き下した序文で、それらに不平たらたらいちゃもんをつけているのである。

そうと知ればなおのこと、これらの若書きは読むに堪えない未熟な作品と思えてくる。いったいに小説は、その内容か文章のいずれかが多少とも面白ければ、それなりに楽しく読みとおせるが、「スロー・ラーナー」の場合は、そのどれをとっても面白くもおかしくもないから、これは典型的な駄書であり、普通なら到底読むに堪えない小説としてマントルピースに投げ入れられて焼却処分されることになるはずだ。

それがそうならないのは、ひとえに彼の文学が後におお化けしたからであって、後世の偉大さの源泉をさかのぼって発掘するという鬱屈した趣味を持たない一般的な読者にとっては、この種の本に目を晒す楽しみなぞひとかけらもない。私はいわば眼の苦行を強いられたわけだが、それにしてもこれほどくだらないテキストをいくらアルバイトとはいえ、いかにも意味ありげかつ権威主義的に翻訳した奴の顔を見てみたいもんである。

堕ちよ堕ちよダンダラ星堕ちよ 茫洋