2007-10-01から1ヶ月間の記事一覧
♪ある晴れた日に その15われもまた風狂の人になりたし クワガタは樹液の近くに逃がしてやりぬ 私はとうてい大工にはなれない 鳥羽殿へ我勝ちに急ぐ参騎かな 夕闇に縄張り広げむ女郎蜘蛛 落石に注意といわれても具体的にどうすればよいのか 我君を食らふとも…
父は、女道楽の祖父を心から憎み、反面この上ない母思いであった。祖母がそこひの手術の為、京の眼科病院へ入院した時は、学校を休んで付き添いに行き、自分の眼片方と引き換えに母の目をよくしてくれと、病院内の神社に願かけをしている事が患者の中で評判…
両親・祖父母のこと 佐々木家は代々男の子に恵まれず、何代も養子を迎える家系であったようで、曽祖父には女の子もなく、祖父祖母共の両養子であった。祖父春助は天田郡大原村の生まれ、安産の神大原神社近くの西村家に生まれた。父のいとこ達は村長や郵便局…
絢ちゃんの事 絢ちゃんとは一卵性双生児の片われの姉の事である。先に生まれたからか、後なのか、どういう訳か姉と言う事である。現在では妊娠中から男女の別も分かり、勿論双生児など初めから分かるらしいが、当時は異常にお腹が大きくなるまで分からなかっ…
裕兄さんの事 裕兄さんは私のすぐ上の兄である。上に正という長男がいたので、この次男が生まれた時から、佐々木家へほしいと何度か交渉していたらしく、「幸太郎」と言う名前まで用意していたという事である。本人は綾部の伯父が来るたびに外へ遊びに出てしま…
降っても照っても第69回先日この作家の遺著「七里湖」を読んだばかりだが、今度は別の版元から別の遺作(短編3本と6つの小さなエッセイ)が出版されたのでついつい手にとってしまった。短編は「あなめあなめ」、「それは遺伝子よ」、そして表題作の「風紋」…
降っても照っても第68回「21世紀仏教への旅」シリーズの最終巻を読んだ。「わがはからいにあらず、他力のしからしむるところ」と親鸞は悟り済ませた。悪者も善人もただ「南無阿弥陀仏」と唱えさえすれば極楽浄土へ行ける、という悪人正機説は、考えれば考え…
祖父も私を乳母車に乗せて歩きたいと、シキリに願ったそうであるが、早くから頭をゆさぶると頭に悪い影響が出ると許さず、余程してから籐製の大きな乳母車を東京から取り寄せた。ベルトで本体を宙吊りにしてあり、脳へ響かぬよう工夫した当時では最新型のも…
私は大正10年年6月26日、綾部市新町、丹陽基督教会に於いて、内田牧師より幼児洗礼を受けている。その何年か前に、両親は基督教に入信していたのである。 現在になっては珍しい事ではないが、70年前、私には寝台が用意され温度計が付いていたそうである。部…
降っても照っても第67回アイルランドからの移民の子で、ブルックリン生まれのニューヨーカー、ピート・ハミルによる最新版ニューヨーク案内である。ニューヨークといっても叙述はマンハッタンの西半分(地図では下半分)のダウンタウンにほぼ限定され、著者…
第1回 誕生の頃 戸籍によれば私は大正10年2月22日、京都府綾部市西本町25番地に、父佐々木小太郎、母菊枝の一人娘として生まれている。両親共に36歳の時の初めての子供であるから、身分不相応に大事にされ、可愛がられていたようである。 その当時の家業は…
鎌倉ちょっと不思議な物語86回日蓮は、文永8年1271年9月12日に鎌倉幕府の命によりとらわれ、龍の口刑場で処刑されることになった。ところがその前夜、刑場で突然異変が起こったために刑の執行は不可能になり、上人は一命をながらえた。その日、桟敷…
鎌倉ちょっと不思議な物語86回&勝手に建築観光25回今日も仕事の運びがいまいちなので、久しぶりに県立近代美術館で開かれているアントニン&ノエミ・レーモンド夫妻の「建築と暮らしの手作りモダン」展(21日迄開催)に出かけた。うららかな小春日和である…
鎌倉ちょっと不思議な物語85回仕事が行き詰ってしまったので、気分転換のために、鎌倉文学館で開催されている中原中也展(「詩に生きて」12月16日まで)に行った。前回ここで中也の特別展「鎌倉の軌跡」が開催されたのは1998年だからあれからもう9年も経った…
鎌倉ちょっと不思議な物語84回平安時代の永保年間(1081〜84)に新羅三郎義光が、兄の八幡太郎義家を助けて清原家衡を征伐する「後三年の役」で奥州に下るため鎌倉に立ち寄った。当時鎌倉では悪疫が流行していたために、これを救おうと京都祇園社を勧…
ふあっちょん幻論第6回&勝手に建築観光25回戦後日本のファッション史を振り返ってみると、60年代の高度成長期は国産のナショナル・ブランド、73年の第1次石油危機以降の低成長期からは、三宅一生、川久保怜、山本耀司などが主導したDCデザイナー&キャラク…
降っても照っても第66回1949年10月、母国コロンビアで駆け出し新聞記者として活躍していたガルシア・マルケスが由緒あるサンタ・クララ修道院の地下納骨堂で見たもの、それはシエルバ・マリア・デ・トードス・ロス・アンヘレスの頭蓋骨から伸びた22…
降っても照っても第65回エリア・カザンがスタインベックの原作を映画化したこの作品は、カリフォルニア州の景勝の地モンタレーを主な舞台にしている。現在のモンタレーはリタイアしたアメリカの超大金持ちが優雅に暮らしている快適なリゾート地であるが、そ…
降っても照っても第65回10歳のときに父に死に別れ、12歳のときに日本を去り、アメリカに渡り、母が死んだときも帰国することなく学業を続け、長じて後も日米を行き来しながら齢を重ね、二人の娘もアメリカで暮らしている女性を主人公にした著者の未完の…
鎌倉ちょっと不思議な物語83回「本朝高僧伝」によれば、東勝寺は13世紀の前半に三代執権の北条泰時が創建し、開山は退耕行勇となっている。はじめ禅密兼修で、のちに純粋の禅となったかなりの大寺であったが、元弘三年1333年、新田義貞に攻められた北…
♪音楽千夜一夜第26回衛星放送で昨年のモーツアルト生誕250周年記念ザルツブルグ音楽祭のアーノンクール指揮、ウイーンフィルの「フィガロの結婚」を視聴した。最初FMで聴いた時は序曲の乗りの悪さや特有のぎくしゃくした運びに抵抗を覚えたが、そのとき…
降っても照っても第64回不気味な小人たち(その多くが身体障碍者だろう)が続々登場してジュディー・ガーランドを取り囲むシーンはその起用の無神経さとヒュウマニテイの欠如にいつも胸糞が悪くなるのだが、吐き気をこらえながら気力を奮い起こして「オズの…
降っても照っても第63回浄土真宗の始祖親鸞が入滅しておよそ25年、さまざまな教説が登場して教線が大混乱するなか、異説の跋扈を嘆き、真の親鸞の教えなるものを唱導するために弟子の唯円が著わした「歎異抄」を著者が自分流にほんやくしたのが本書である。…
降っても照っても第62回何度も何度も作品を読み、考え、そして論理とひらめきの端子を辛抱強くつむぐことによって編み上げられた精巧な織物のような文芸評論である。周知のように、太宰は1948年6月に玉川上水で山崎富枝と心中したが、それまでに都合4回…
♪ある晴れた日に その14海からの風はかすかに鼻をさし今年の夏はいま逝かんとす梓川青き流れに座しおればマガモの家族餌をねだり来る飛騨高山上三之町の軒下に咲いていたのは天青の花ひともとの白き芙蓉の花残しきたみ工房引っ越しにけりらあらあときょうも…
降っても照っても第61回鳥越碧という作家が「兄いもうと」という本を書いたので、読んでみるとなんのことはない正岡子規と律の兄妹物語だった。子規の壮絶な晩年を母の八重と共に、妹の律が献身的に支えたことは広く知られているが、その家族愛の根底に“秘め…
降っても照っても第60回最近亡くなった藤原伊織の遺作「オルゴール」と同じく未完の短編連作「遊戯」全5編が収められているが、やはり後者の雄大な構想と読み進むにつれて高まるスリルとサスペンスが心に残る。登場人物は人材派遣業種に勤務する30代の男性と…
降っても照っても第59回兄である画家ヴィンセントと画商である4歳年下の弟テオの双生児的・同性愛的関係を、テオにスポットライトを当てながらその全生涯を丹念に回顧したイストワールが本書である。ゴッホ、ゴッホというけれど、長兄ヴィンセントが誕生した…
鎌倉ちょっと不思議な物語82回&遥かな昔、遠い所で第21回肌寒い雨の中を、神中運輸の産廃運搬車がぼろぼろになった自転車を運んでいった。あれは確か25年前のことだった。2万5千円くらいしたブリジストンの最新型のかっこいいやつを杉本観音下の自転車屋で…
鎌倉ちょっと不思議な物語81回宝戒寺の奥には昭和8年1933年に発見された「紅葉山やぐら」がある。この附近のやぐらは鎌倉・室町の上層階級の墳墓と考えられているが、ここからは五輪塔、納骨堂、さらに海蔵寺と同様の十六井戸が見つかった。そして平成11年19…