蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

2012-09-01から1ヶ月間の記事一覧

西暦2012年長月 蝶人狂歌三昧

ある晴れた日に 第114回 一度だけマリア・カラスのように歌ってみたいな五七五七七で横須賀のマクドナルドで口にした1杯100円のコーヒーの不味さよこの期に及んで右肩上がりの成長を夢見る左前左巻きのオッサンたちよ現世の有象無象を見下して君は最後の…

「ドナルド・キーン著作集第5巻」を読んで

照る日曇る日第541回この巻では永井荷風、伊藤整、高見順、山田風太郎などの日記を縦横無尽に引用して論じた「日本人の戦争」と、キーンをはじめとする米軍日本語将校が終戦直後に取り交わした書簡集「昨日の戦地から」の2冊の書物が併録されている。前者は…

ジョン・ウー監督の「レッドクリフ前後編」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.318&319後漢末期の紀元208年、大軍を催した魏の曹操に対して、少数精鋭の蜀の劉備と呉の孫権の連合軍が長江の赤壁で激突した故事を「男たちの挽歌」のジョン・ウーが演出した超大作である。あらすじはどうでもよろし…

マイケル・カコヤニス監督の「その男ゾルバ」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.317 原題はただの「ギリシア人ゾルバ」。この映画を見て驚いたのは、クレタ島の住民の余所者と仲間内の異端者に対する恐るべき敵意と反感であった。彼らは外部から訪れた我らが主人公(アラン・ベイツ)が島一番の美女…

フランソワ・トリュフォー監督の「大人は判ってくれない」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.316原題は「LES QUATRE CENTS COUPS」で、これはギヨーム・アポリネールの「一万一千本の鞭」(Les Onze Mille Verges)をトリュフォーが「引用」したものだと思われるが、トリュフォーが、少年時代の自分が「400回の…

山田洋次監督の「男はつらいよ」第1作を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.315 ここでいきなり画面に乱入してくる寅次郎は怒れる侠客であり後年の円熟して謙虚で穏やかな寅さんの姿ではない。妹の見合い結婚をぶち壊す乱暴狼藉は、ほとんど狂気の沙汰である。私はここで寅次郎の姿を借りて原作…

私と短詩形文学

バガテルop159 近代俳句の元祖はやはり正岡子規であろう。その流れを継いだのが正統派の高濱虚子と異端派の河東碧梧桐で、俳句の未来はやはり今でも後者の流れの中にある。なにが客観写生だ。なにが花鳥諷詠だ。写生よりも、むしろ射精せよ。もっとロックせ…

「古井由吉自撰作品四」を読んで

照る日曇る日第540回 その日、下駄屋の息子の僕は下駄ばきだった。出町柳から八瀬まで叡山電鉄で行き、そこから叡山ロープウエイに乗って終点で降りた。降りたのは僕たち四人だけだった。時刻はまだ早く、午前九時くらいだった。駅の目の前にお化け屋敷があ…

「2012年夏のルツエルン音楽祭」を視聴して

♪音楽千夜一夜 第281回 指揮者クラウディオ・アバドの人格を慕って多くの楽人が参加して妙音を奏でるこのフェスティバルでは、ベートーヴェンの劇音楽「エグモント」とモザールの遺曲「レクイエム」が演奏された。 前者ではセルの名演には及ばないにしても、…

シドニー・ポラック監督の「愛と哀しみの果て」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.314 原題の「Out of Africa」にこのような紋切り型の愚劣な邦題をつける映画会社の神経を疑うが、広大なアフリカの原野に流れるモーツアルトの音楽が印象的である。以前鑑賞した時はてっきり二三番のピアノ協奏曲だと…

ロン・ハワード監督の「バックドラフト」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.313あの9.11を想起させるようなアメリカの消防士の活躍と悲劇をロン・ハワードが「コクーン」における凡庸な演出とはひとあじ違う冴えを見せて力強く描いている。この映画を見ると消防士の闘いがどのようなものである…

ロン・ハワード監督の「コクーン」「コクーン2」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.311&312 宇宙の彼方から地球のアメリカのフロリダになんたら星人がやって来て、海底に残された彼らの同族を救助しようとする。その同胞は岩石で包まれた繭(コクーン)の内部に入っているのだが、このコクーンが保管…

ピエトロ・ジェルミ監督の「鉄道員」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.310 1956年にカルロ・ポンティが製作したイタリア映画の名作である。頑固一徹の鉄道員とその妻、いずれも問題を抱える長男と長女。そんな家族を終始つなぎとめているのは随分年下の末子で、実際この映画の主人公は…

降旗康雄監督の「鉄道員(ぽっぽや)」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.309 降旗監督と木村大作、そして主演の高倉健の組み合わせはつねに妙に男子的であり、重厚長大にして鈍重であり、軽妙さとスマートさに欠け、例えば小津作品には流れている普通さや自然さが皆無であり、あまりにも日本…

穴澤賢著・竹脇麻衣絵「明日もいっしょにおきようね」を読んで

照る日曇る日第539回 もうこれで仕事が1カ月以上来ないので、気分を変えようと普段は読まない絵本を手にとってみた。ある保健所で実際にあったという「でかお」という名前の捨て猫を巡るお話だが、こんなことが実際に起こるのか!というなかなかに感動的な…

「古井由吉自撰作品5」を読んで

照る日曇る日第538回本巻ではいずれも福武書店から1983年に刊行された「槿」と1986年刊の「眉雨」の2冊の単行本を収録しているが、前者の方がはるかに読みでがあった。 読みでがあると書いたものの、そこで2段組307頁にもまたがって延々と果てしも…

横浜新・港区ハンマーヘッド・スタジオを訪ねてみませんか?

茫洋物見遊山記第92回猛暑を冒して横浜赤レンガ倉庫の近くの新港ピアに最近出来た「ハンマーヘッド・スタジオ新・港区」を見物してきました。埠頭の先端には船荷を積み下ろしするハンマーヘッド・クレーンが実際に取りつけてあるのでこの命名がなされたよう…

エクサン・プロバンス音楽祭の「フィガロの結婚」を視聴して

♪音楽千夜一夜 第280回2012年夏の南仏エクサン・プロバンス音楽祭の録画でモーツアルトの「フィガロの結婚」を見ました。7月12日の夜、お馴染み大司教館中庭の収録だが画質はともかく音質はあまり良くない。カイル・ケテルセンがフィガロを、パトリシ…

大林宣彦監督の「転校生」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.308 いくらなんでも神社の階段から2人でごろごろ転がり落ちたら男と女が入れ替わってしまうなんて下手なSFでもありえない。しかしそのありえない無理筋を強引に映画にしてしまうのが監督の腕前で、しばらくすると尾…

「フルトヴェングラー/ザ・レガシー107枚組CD」を聴いて

♪音楽千夜一夜 第279回フルヴェンがかつてベルリンやウイーンのオケに録音した交響曲や管弦楽、オペラ、歌曲をベートーヴェン、ブラームス、ワーグナー、ブルックナーなどの作曲家別に全部で11のボックスにパックして全107枚がなんと9490円也という音…

内田樹&高橋源一郎著「どんどん沈む日本をそれでも愛せますか?」を

照る日曇る日第537回マーケティングはあらゆる商品やサービスが導入以来、時間の経過と共に成長、成熟、衰退のプロセスを辿ることを教えている。文明文化産業もまた然り。あらゆる偉大な帝国も、勃興し、興隆し、そして沈んだ。かつては4大文明諸国が、近く…

加賀乙彦著「雲の都第5部 鎮魂の海」を読んで

照る日曇る日第536回 前作と同様どこまでが事実で、どこまでがフィクションか分からず、その中途半端さがこの物語への沈入と熱中を妨げてはいるものの、60歳を過ぎた主人公が震災の翌日に家族と共に芦屋に駆けつけ、親戚の遭難と災害を救援するのみならず…

加賀乙彦著「雲の都第4部幸福の森」を読んで

照る日曇る日第536回 これはなんでも「自伝的小説」らしいが、自伝にしては小説的過ぎて?全部が嘘かとも疑われるし、小説にしては文章が緩すぎてまるで素人のようで戸惑う。自伝と小説の2つの要素を恣意的にアマルガムにしているために作品に芯が無く、一個…

F.W.ムルナウ監督の「吸血鬼ノスフェラトゥ」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.307 ドイツ表現主義だかなんだか知らないが、ムルナウの映像は端正で美しく、無声映画ではあるが音楽の支援など必要としない。いやすべての無声映画の映像は、音声の支援をあてにしていなかったから、すべからく端正で…

「ギュンター・ヴァント・グレート・レコーディングス」を聴いて

♪音楽千夜一夜 第278回北ドイツ放響とのベートーヴェン、ブラームスの交響曲全曲、モーツアルト、シューマン、ストラビンスキーに加え、ケルン放響とのブルックナー、シューベルトの全交響曲などを加えた全28枚組5180円也のCDを聴けば、この人の大器…

シルベスター・スタローン監督の「ロッキー5」「ロッキー・ザ・ファ

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.305&306 「ロッキー5」はロッキーが息子から眼を離して有望な新人ボクサーに入れ上げたために起こる様々な波紋を描く。ロッキーのおかげで強いファイターに成りあがったその男は、悪いプロモータにそそのかされて恩人…

シルベスター・スタローン監督の「ロッキー3」「ロッキー4」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.303&304 アポロを倒したロッキーは連戦連勝するが、効なり名を遂げたその最後の防衛戦で間ひそかに実力を蓄えてきた強敵ミスターTに屈辱のKOを喫したばかりか盟友の名トレーナーを喪って人生の指針を失いアイデン…

ジョン・G・アヴィルドセン監督の「ロッキー」「ロッキー2」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.301&302スタローンって偉い。普通の映画なら続編を作ることなど誰ひとり考えない。スピルバーグだろうが、ルーカスだろうが。ところがこの「ロッキー」という映画では、主人公と世界チャンピオンがリングで予想外の大…

大島渚監督の「新宿泥棒日記」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.300横尾忠則が紀伊国屋で訳も分からず本を盗んで社長の田辺茂一の自著をもらったり、横山リエが佐藤慶と渡辺文雄に犯されたり、横山と横尾が状況劇場の麿赤児や李礼仙と赤テントで共演したり、突然横山リエがオシッコ…

大林宣彦監督の「異人たちとの夏」を見て

大林宣彦監督の「異人たちと闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.299 観光とは、文字通り「光を見る旅」、その土地に眠る霊たちを巡る旅である。だから広島・長崎へ観光した人は原爆の灼光を見、京都では応仁の乱、奈良では聖徳太子や長屋王一族の死者たち…