蝶人戯画録

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「ドナルド・キーン著作集第5巻」を読んで

kawaiimuku2012-09-29



照る日曇る日第541回

この巻では永井荷風伊藤整高見順山田風太郎などの日記を縦横無尽に引用して論じた「日本人の戦争」と、キーンをはじめとする米軍日本語将校が終戦直後に取り交わした書簡集「昨日の戦地から」の2冊の書物が併録されている。

前者は以前ここで紹介したことがあるので別途ご笑読して頂くとして、後者では戦勝国の軍人として中国や日本の人心風土混乱の状況を冷静に観察する元アメリカ人の著者の、歯に衣着せぬ「非文学的発言」が聞かれて興味深い。

とりわけ青島で親しくなった紳士的な日本軍将兵が無辜の中国人を斬に処したのみならずその肝臓を取り出して食したという情報に接し、周章狼狽するくだりが飛び出したのには驚いた。

著者は悩んだ末にその将校に尋問を行って有罪の確証をつかみ、結局事態の収拾を当局の手に委ねる。ほとんど著者の親友同然であったその将校は、その後恐らくB級戦犯として絞首刑になったと思われるが、このような戦争中の敵に対する殺戮の責任をどうとらえるかは、今も昔も難しい。

当時の中国戦線で、二等兵である私が、下士官から「スパイ容疑の現地人を刺殺せよ」と命じられたら、恐らく拒否することは出来なかっただろう。そしてその種の同じ「罪」を犯しても、その責任の追及が勝者と敗者の側に因って根本的に異なるという不条理は、もはや運命の悪戯という他はない。


殺せと命じられたら躊躇いつつも殺してしまう人間とは弱き者なり 蝶人


*「日本人の戦争」余滴
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