蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

石牟礼道子著「苦海浄土」を読んで

照る日曇る日 第410回

第一部「苦海浄土」、第二部「神々の村」、第三部「天の魚」を収録した池澤夏樹編の河出書房新社版で読みました。

水俣湾はたった一度だけ鉄道で通過したことがありますが、それはまことにのどかな美しい海で、ここにチッソ有機水銀を垂れ流し、老人から胎児まで数多くの人々を毒殺し半死半生の目に遭わせた悲劇の海域とは思えないほどでした。

高度成長に必要なアセトアルデヒドを大量生産するために豊饒の海を徹底的に汚染し、己の排せつ物が魚類の摂取を通じて猫や人を狂わせつつあることを知りながらも、環境汚染をやめず、利潤の追求のために狂奔したこの企業を国家と国民は長期にわたって手厚く保護したのでした。

いつでも病者は弱く、健常者は権力に満ちあふれて強力無比な存在です。ダカラキミラハムダジニシテハナラナイ。シヌマデタタカワネバナラナイ。ボクラハキミタチヲイッシンニタスケルダロウ。

なにも悪いことをした訳でもないのに、魚を食べただけで狂い死ぬ人々を、当時厚生省の役人だった橋本という首相になった男は口をきわめて罵倒し、チッソの社員は「補償金で倒産させられる」なぞとほざき、善良なる水俣市民の多くも「一握りの患者のために市のイメージが悪くなって観光客が来なくなる」と総スカンだった。一方補償金をもらって人生を狂わせていく患者も現れるという具合に、悲劇が悲劇と笑えぬ喜劇も生みだしていくのです。

しかし完全な人災のゆえに身を滅ぼしていく悲運に甘んじる人たちの、なんと心優しいことよ。彼らに寄りそう著者の心のなんと驚くべき優しさでありましょう。社長との直談判で血書を書かせようと代表団は指を切ってちまみれになりなから、ついに社長の指は無傷である。社長に水俣の毒水を呑ませるといいながら、ついに一滴も飲ませられない。

そのうえ彼らは人世を達観し切った治者のように、黙々と死んでいきます。自らはチッソに毒殺されたことを重々知りつつ、彼らは「もう金もいらん。家もいらん。命もいらん」と言って果てていくのです。無垢の者の自己犠牲が、いつか殺人鬼を慙愧させる日が来ると信じているかのように……。

懺起懺起する患者も著者ももっと怒れ! 怒りを持続させよ! もっともっと憎悪をたぎらせよ! テンノウヘイカバンザイだと? これではまるで水俣病が彼らの天命といわんばかりではないか! 御詠歌なんかへらへら歌って事の本質を誤魔化すな!

そう怒鳴って、私はこの緑色のヒューマニズム120%の部厚い本を、無明の闇に向かって擲ったことでした。


猛る蛇人も大地も喰い尽くす 茫洋