蝶人戯画録

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桐野夏生著「ポリティコン」上巻を読んで


照る日曇る日 第417回

いつもながらこの作者は物語の設定がコンテンポラリーである。今回は庄内平野の奥の農村部に小説家羅我誠と彫刻家高浪素峰が創設した武者小路実篤の「新しき村」のようなコミューン「唯腕村」を舞台に、かつて高邁な理想を追った公共思想家たちの子孫や後継者たちの現実に翻弄されてゆく混濁を凝視している。

創始者の衣鉢を継いだ新理事長の高浪東一を軸にして、創始者の同世代の一癖もふた癖もある老人たち、インテリ崩れのいわくありげなホームレス、母親が北朝鮮でとらえられた美少女、アジア系の魅力的な女性たち、「唯腕村」の無機栽培のブランド品等を都会に流通させてひと儲けしようとたくらむ得体の知れないビジネスマンなどが次々に登場して、読む者の興味を強烈に惹きつける。希代のストーリーテラーの面目が躍如とした上巻といえよう。

私有財産と欲望を否定し、愛と平和と社会貢献の大義名分を掲げて突き進んできたユートピアの輝かしい理想が、容赦なく押し寄せる高齢化や過疎化、グローバル経済化の嵐の中で、どのようにサバイバルできるのか、またどのような思いがけない変異を見せるのか?

最近おおかたの関心を集めてきた「新しい公共」というトレンドと戯れるような著者の壮大な思考実験の行方やいかに。下巻の疾風怒濤の大爆発が待たれる。


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        http://www.yomiuri.co.jp/stream/onstream/sasaki.htm