蝶人戯画録

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G・ガルシア・マルケス著「悪い時」を読む


降っても照っても第53回

表題作のほかに「大佐に手紙は来ない」「火曜日の昼寝」「最近のある日」「この村に泥棒はいない」などの短編を9本収録した作品集である。


前作の「落葉」は著者の生まれ故郷のアラカルタをモデルにしたマコンドの物語であったが、本作の舞台はコロンビアのとある町に変わっている。

マルケスは50年代に発表の当てもなく「悪い時」をパリで書き始めたが、その途中で「悪い時」の登場人物が、前述の「大佐に手紙は来ない」など、それぞれ自分を主人公にした物語を書くことをマルケスに要求したため、「悪い時」の完成は1962年を待つことになってしまった。

個人を描きながら、全体としての町を描き、些細な事物をきめ細かく叙述しながら、その町を取り囲む政治、経済、社会の動向を刻一刻と記録していくその手法は、ドキュメンタリーとロマンチックなドラマツルギーの双方向的融合であり、著者が目指したのは虚実をあわせ含む現代の総合全体小説といってよいだろう。そしてその試みは後の「百年の孤独」において見事に結実するのである。

 それはともかく、この作品集におさめられた「失われた時の海」における海底都市の幻想的な美しさには息を呑む思いであった。